弓を引く少女
莉々と連絡先を交換してから、弓道場に足を運ぶことが増えた。
楓真は弓道部員ではないし、頻繁に出入りしてはいけないことはわかっている。
それでも、莉々に会えるかもしれないという期待は消えなかった。
(普通に連絡すれば、来てくれるのかな)
連絡すれば、莉々は来てくれるだろう。
きっと、『どうしたの?』と笑うに違いない。
けれど楓真は連絡しようと思わなかった。
彼女に連絡するのが嫌なわけではない、寧ろ彼女とのやり取りは好きだ。
(でも、何か緊張するんだよな)
どうして緊張するのかはわからないけれど、少しだけ身構えてしまう自分がいた。
莉々とは毎日会うわけではないけれど、大学内で会えば、声をかけてくれる。
だからだろうか、莉々の姿を探してしまうのは。
今日だって、授業は終わったのに彼女を探して歩き回っている。
気がつけば、弓道場は目の前だ。
開いたドアから中を覗くと、莉々が弓を引いていた。
楓真に気づいていないらしく、引き終わった後に弽を外している。
(……綺麗だなぁ)
思わず見とれていた楓真は、ハッとしてドアから離れた。
チラリと見ると、莉々が矢取りに行っているところだった。
「お疲れ様です、榛名さん」
莉々が弓道場に戻って来るのを見計らって、声をかける。
振り向いた彼女が、驚いたように目を丸くしていた。
楓真を見つめていた瞳が、ふっと和らぐ。
「吉川くん。授業終わり?」
「うん。……榛名さんに会いたくて、来ちゃった」
ギターケースを掲げてみせると、莉々が嬉しそうに笑った。
「えっ!?あ、ギター弾いてくれるの??」
無邪気に笑う莉々に、内心で苦笑いしながら頷いてみせる。
「そう。新しい曲、完璧に練習してきたから」
「楽しみだな!あ、ここで弾く?私、今日はもう弓引かないんだけど…」
「そっか…。たくさん引いたんだね。先輩たちも来るかもだし、空き教室とか…ダメかな」
荷物を片付けていた莉々が、パッと顔を上げる。
その瞳は遠慮がちに揺れていた。
「あのさ吉川くん。吉川くんがよければなんだけど……カラオケはどうかな?」
大学近くのカラオケで、楓真はギターを弾いていた。
弾き終えると、莉々が嬉しそうに拍手してくれる。
「今日のも、すごく素敵だったよ!吉川くんギター上手だね」
「ありがとう。趣味でよく弾いてるからかな」
「歌も?趣味なの?」
「ううん。好きな曲は弾き語りしてるだけだよ」
「そうなんだ!吉川くん、いい声だよね。私、好きだなぁ」
「……ありがとう」
キラキラと瞳を輝かせる莉々から目を逸らし、ギターをしまう。
(サラッと好きとか言うのかな)
誰にでも言うのだろうか。
少し、胸がモヤッとしてブンブンと頭を振る。
莉々が誰に好きだと言おうが関係ないのに。
(こんなにも心が揺れるのは、どうしてなんだろうな)
隣に座る莉々は、楽しそうにタッチパネルを操作している。
その姿を見ていると、「はいっ」とマイクを差し出された。
「せっかくだし、吉川くんも何か歌おうよ!」
「うん」
マイクを受け取り、曲を選ぶ。
「先に歌うね」
「おう」
楽しそうに歌う莉々に、笑みがこぼれた。
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