新しい出会いからはじまる物語
冬雫
ギターの音色に誘われて
4月、大学に入学して約1週間。
満開だった桜も少しずつ散り始めていた。
(授業も、始まっちゃったなぁ)
はぁとため息をついて、榛名莉々は弓道場に向けていた足を止める。
どこからか、ギターの音色が聞こえてきていた。
(吉川くんもギター弾くって言ってたっけ?)
吉川楓真は同じ学部で、昨日は同じ授業に出席していた。
その時に持っていたギターケースを見て、莉々が話しかけたのだ。
(そしたら、今度聞かせてくれるって言ってくれたな)
再び歩き出しながら耳を済ませていると、歌声まで聞こえてきた。
誰が弾き語りをしているようだ。
てっきり、先輩が来ているのだとばかり思っていた莉々は弓道場の前で足を止めた。
開いていたドアから覗くと、そこには楓真がいた。
莉々が来たことに気づいていないのだろう、楽しそうにギターを弾きながら歌っている。
(……すごく、素敵な歌声)
堂々としているに気取っていない。
柔らかくて心地いい。
(……好きだなぁ)
しばらく聞き惚れていると、ふいにギターの音が止んだ。
ハッとして、ドアから離れる。
その拍子に、カタンと音がなった。
「えっ?」
楓真が驚いたように振り返り、目が合う。
「えへへ…」
曖昧に笑って、靴を脱ぐ。
彼の目の前に座ると、ポカンとして見つめてきた。
「ごめん、部活にしに来たらたまたま……」
「聞いてた、よね…?」
「うん。すっごく素敵だったよ」
「本当?ありがとう…」
楓真がギターを片付けながら、顔を逸らす。
その耳が赤くなっていた。
「もっと、上手くなってから聞かせたかったのに!…ここ、何部なの?カーテン?かかってるけど」
「弓道部だよ。これ、弓」
楓真の脇を通り、袋に入っていた弓を取り出す。弦を張ったものを見せると、彼は目をキラキラとさせる。
「弓道場だったのか!……ごめんなさい、勝手に入って」
「今は部長さんもいないし大丈夫だよ。少し、見ていく?」
「いいの?」
カーテンを開いてから振り返ると、楓真は嬉しそうに笑っていた。
莉々は頷いて見せてから、サンダルを突っかける。
ブルーシートを外し、的を取り付けていると楓真が隣にしゃがみ込んだ。
「こんな風に的つけるんだね」
「うん」
思いのほか声が近くに感じて、心臓がわずかに音を立てた。
中に戻って、弽を付けていると楓真がジッと見ていることに気がついた。
「ん?」
「慣れてるなと思って。高校でも弓道してたの?」
「うん。下手なんだけどね。……あの、少し違うとこを見ててもらえると助かるんだけど」
「見てる」
「ええ〜」
立ち上がり、弓矢を持って振り返る。
彼は意地悪く笑っていた。
「俺が歌ってるの、聞いてたでしょ」
「そう言われたら、仕方ないかな」
楓真に苦笑を見せて、的前に立つ。
矢をつがえる手が震えていた。
(……上手く引けるかな。ううん、引かないと)
ゆっくりと、弓を引き下ろし、口割りで止める。
とすっ、と矢が的に刺さった。
「おおっ!」
2本目の矢をつがえていると、楓真が楽しそうに声を上げていた。
(たまには、こういうのもいいかもね)
ゆっくりと弓を引き下ろし、的を見すえた。
「ごめんね、1時間も付き合わせちゃって。お家どの辺?電車?」
「この近くだから大丈夫だよ。榛名さんは電車なんだよね。俺がもっと見たいとか言ったから…ごめん」
「吉川くんのせいじゃないでしょ」
並んで歩きながら、莉々は楓真を見上げる。
背の高い彼は、莉々に合わせてゆっくりと歩いてくれている。
「歩きずらくない?」
「大丈夫。…あのさ、榛名さん」
「ん?」
楓真が迷うように、チラリと莉々を見る。
少し緊張したような表情に、釣られたように莉々の鼓動も早鐘を打つ。
(何だろ…)
スマホを胸の前で握りしめて、楓真を見上げる。
気がつけば、駅の目の前に来ていた。
「……連絡先、交換しませんか?」
遠慮がちにスマホを差し出す楓真に、目を丸くする。
「いいの…?」
そう聞き返す声が、少し震えていた。
楓真は驚いたように目を丸くして、頷いている。
(だってー)
同じことを考えていたなんて、思わなかったから。
「今日はありがとう、また明日ね」
楓真と連絡先を交換した後、改札まで見送ってくれる彼に手を振りながらホームへ急ぐ。
階段を降りて、ホームに降りるとちょうどやって来た電車に乗り込む。
座席に座り、目を閉じていると手の中のスマホが振動した。
(吉川くん)
「今日はありがとう、楽しかったよ」
「こちらこそ、またギター聞かせてね」
返信すると、すぐに既読が付いた。
「うん。次は、完璧にするから楽しみにしてて」
待ってますとスタンプを送り、画面を閉じた。
(何だろう、胸が暖かいような…)
莉々は笑みを浮かべて、目を閉じた。
もしかしたらー。
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