第7話

 週明けの月曜日。


 俺――相原真斗は、朝から疲弊していた。


 理由は単純だ。


 3人のヒロインたちが、それぞれに“アプローチ合戦”を始めたから。


 ギャルの朱莉、生徒会長の一之瀬澪、そして読モ幼なじみの綾瀬こはる。


 誰も譲らない。

 誰も引かない。


 そして、俺には拒む隙すら与えられない。


 


「はい、相原くん! 今日の朝ごはん、私の手作り!」


 まずは朱莉。


 朝、登校して教室に入った瞬間、

 彼女が自分の席をすっ飛ばして俺の席にやってきた。


 差し出されたのは、小さな弁当箱と甘めの卵焼きが詰まったおにぎりセット。


「味、どう? ギャルでも料理できるってとこ、見せたかったんだ~♪」


「……うまい。……けど、これ朝から作ったの?」


「当たり前じゃん! 好きな人のためなら、5時起きだって余裕」


「す、好き……って、まだ俺、何も……」


「うん、分かってるよ? でも、宣戦布告はもうしたし」


 笑顔の中に、隠しきれない本気の気配。


 


「相原くん。今日は、あなたのノートを一部貸してもらえるかしら?」


 次に来たのは、一之瀬。


「この間の授業、少しだけ聞き逃してしまって……

 あなたのノート、とても分かりやすいって噂だったから」


 そう言って、彼女は自分の椅子ごと俺の机に隣接させてきた。


 それ、“相席”って言うんじゃ……


「ありがとう。……それと、良かったら放課後、私の勉強を見てくれない?」


「え、でも澪って、学年1位じゃ……」


「それでも、あなたの説明は……“落ち着く”の。

 ……なんか、静かに隣にいてくれる感じが、安心するっていうか……」


 ――これはもう、あからさまに“距離感で攻めてくる系”だ。


 表情こそ冷静なままだが、その膝と膝が触れそうな近さに、

 俺の心拍数はリニアモーターカー級だった。


 


 そして、昼休み。


「やっほ、真斗。あーん、して」


「……は?」


 今度は、こはる。


 おしゃれなカフェ風の手作り弁当を片手に、

 スプーンで“煮込みハンバーグ”をこちらに差し出してきた。


「こ、ここ、教室だぞ?」


「うん。見せつけた方が、牽制になるでしょ?」


「け、牽制……」


「それにね。私、本当に真斗のこと、知ってるから。

 “あったかいご飯に弱い”ってとこも。

 “人にあーんされるの、照れるけど嫌じゃない”ってとこも」


 ……何その正確すぎるピンポイント分析。昔の俺、そんなに情報提供してたのか。


 


 気づけば、教室の空気がざわざわしていた。


「相原くんって……誰と付き合ってるの?」


「むしろ、全員と付き合ってない? あれ…ハーレム?」


「てか私も、“理想の彼女”になれるよう努力しよっかな……」


 男子からも女子からも注目の的。


 だけど、俺の脳内はもう、処理が追いついていなかった。


 


 放課後。屋上。


 騒ぎに耐えきれず、誰も来ない場所へ逃げた。


 けれど――すぐに扉が開いた。


「やっぱり、ここにいた」


 来たのは朱莉だった。

 それだけでなく、間を置かずに澪とこはるも続いてきた。


「……なぜみんな、俺の行き先が分かる?」


「そりゃもう、“理想の彼氏”なんだから。観察しておかないとね」


「日頃の視線の蓄積よ」


「昔からここ、よく使ってたでしょ?」


 三者三様の答えが、なぜか納得できてしまったのが悔しい。


 


 俺は、ふぅと深いため息をついて、みんなの方を向いた。


「なあ……俺、まだ“誰かを選ぶ”とか、そういうつもりじゃない。

 ただ、自分のことで精一杯で……気づいたら巻き込まれてて……」


 そう言うと、三人とも少しだけ、表情を緩めた。


 朱莉が口を開く。


「うん、分かってるよ。無理に選ばなくていい。

 でも、こっちはもう走り出しちゃったからさ」


「ええ。私たちは、それぞれのやり方で、“理想の彼女”を目指すだけ」


「……昔のきみが、今のきみに追いついたら。

 そのときに、選んでもらえたら嬉しいな」


 3人の言葉は、どれも真剣だった。


 からかいでも、勝負でもなく。

 ただ、自分の想いを、俺にちゃんと伝えてくれていた。


 


 ――理想の“彼氏”って、なんなんだろう。


 俺は今、それに見合うような人間じゃない。

 でも、彼女たちの真っ直ぐな想いに、応えられる男になりたいとは思った。


 そのとき、朱莉が空を見上げて言った。


「文化祭、もうすぐだね。

 どんなイベントより、いま一番燃えてるのは――恋のバトルかもね?」


「本気出すよ、わたし」


「勝つ気しかないわ」


「……負ける気は、しないから」


 夕日を背に並ぶ三人の少女たち。

 そのどれもが、“誰かの理想”ではなく――“本気の想い”を持っていた。


 俺は、それにどう応えるべきなんだろう。


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