第2話-5 決意と笑顔
金曜日の放課後。
あおいとレイナがいつもの空き地に着くと、そこには先客がいた。
夕陽を背に、一人でじっと立っている。風になびく、凛としたポニーテール。
「……高梨さん」
あおいが思わず声を漏らす。
沙耶は、その声にゆっくりと振り返った。
その瞳には、静かで、深く、澄み切った覚悟の色をたたえていた。
彼女は、あおいとレイナの二人をまっすぐに見つめ、一歩、また一歩と、二人の元へと歩みを進める。
そして、二人の目の前でぴたりと足を止めると、深く、息を吸い込んだ。
「教えて」
それは、静かな問いかけ。
「どうすれば、あなたたちみたいに、笑えるの?」
予想外の言葉に、あおいもレイナも一瞬、息をのむ。
二人の顔を、強い眼差しが交互にとらえる。
そして、沙耶は続けた。
「ねえ、私にも、やらせて。あなたが好きだというラグビーというのを」
そして、お守りのように握りしめていた何かを、レイナに向かって差し出した。
それは、中学時代に使い古した、サッカー用のスパイクだった。
紐は解かれ、いつでも履けるようになっている。
「全国大会、なんて……私にはもう、口にする資格がないから。勝つとか負けるとか、今はまだ、そんなこと考えられない。ただ、もう一度……」
言葉が、途切れる。
「……ただ、もう一度、ボールを追いかけたい。それだけじゃ、ダメかな」
その問いは、彼女が捨ててきたはずのプライドと、それでも捨てきれなかった純粋な衝動の、痛々しい告白だった。
レイナは、そのスパイクを見やり、太陽のような笑顔を浮かべると、隣のあおいから楕円形のボールをひょいと奪い取る。そして、それを沙耶の胸に、そっと押し当てた。
ずしり、とした重みが、沙耶の胸に伝わる。
「全国大会、目指すに決まってんじゃん」
レイナは、当たり前のように言った。
「てか、高梨さんみたいな人がいて、目指さない理由、なくない?」
「でも、私は……」
「大丈夫」
レイナは、沙耶の言葉を遮るように、力強く頷いた。
「笑い方なんて、走り出したら、そのうち思い出すって。それに、忘れちゃったら、隣でウチらが腹抱えて笑っててやるからさ!」
その、何のてらいもない言葉が、沙耶の最後の心の壁を、優しく溶かしていった。
彼女は、胸に押し当てられたラグビーボールを、ぎゅっと抱きしめる。
そして、顔を上げた。
「できるかな。わたしにも」
その瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいたが、その口元は、確かに、ほんの少しだけ、笑っていた。
あおいは、そんな沙耶の横顔を見つめながら考えた。
高梨沙耶。
女子サッカーのエリート。
この学園には、学校側からスカウトされて、特別推薦枠で入学した。
それにもかかわらず、そのサッカー部が設立されないという、到底受け入れがたい事実が、彼女に襲い掛かった。
その絶望は、きっと自分が受けた絶望とは比べ物にもならない。
そして、その深い傷が癒えることは、あるのだろうか。
それでも、あおいはふと思った。
きっとこれは、何かの運命だったのだろう。
沙耶がこのチームに参加したことで、私たちには希望が生まれた。
レイナってやっぱりすごいな。
ボールの持ち方を沙耶に身振り手振りで教える親友の笑顔は、まるで、世界をすべて明るく照らす太陽のように思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます