第1章 すれ違う友情



5月の連休が明けてから、授業も本格的に進み始めて、みんな少しずつ進路について考えるようになってきた。


そして、ついに高3になって最初の進路調査が始まった。


「二者面談はこの進路調査表をもとに中間試験後に行います。まだ5月だからそんなに具体的じゃなくてもいいけど、真剣に考えるように。提出期限まで2週間あるから、ご両親ともよく話し合ってじっくり考えてください」


帰りのホームルームの時間、進路調査表を配りながら先生が言って、クラス中がざわついた。


進路なんて今まできちんと考えたことがなかったけれど、特にどうしてもなりたいものや、やりたいことがあるわけじゃない。


私は成績的には文系の方がいいし文系の勉強は好きだけど、将来文系の仕事がしたいわけじゃない。


とりあえず好きだから学ぶっていうのは、良くないのかな。


やっぱり就職のことも考えなければいけないのかな。


なんだか気が重くなってきたから、帰ったら両親にも相談してみよう。



* * *



放課後、昇降口へ行くと後ろから誰かに「天音さん」と声をかけられた。


振り向くと、そこにいたのは霧谷くんだった。


「少し話したいことがあるんだけど、ちょっといいかな?」


なんとなく緊張した様子で言った霧谷くんを見て一瞬不安が過りつつも、特に急ぎの用事もない私は「うん」と頷いた。


場所を変えようと言われてたどり着いたのは、人気ひとけのない校舎の裏庭だった。


「急に呼び出してごめん。これから受験で色々忙しくなるから、その前に言った方がいいと思ったんだ。天音さんとは、高1のときしか同じクラスになったことないけど……」


その後の言葉を言い淀んだ霧谷くんに、やっぱり最初に感じた不安は的中したと感じた。


「俺は天音さんのことが好きだから、もし良かったらつきあってくれないかな?」


「……気持ちは嬉しいんだけど、ごめんなさい」


“まさか” という驚きと “やっぱり” という思いが交錯して、それだけ言うのがやっとだった。


「そっか。ごめん、わざわざ呼び止めたりして。じゃあ、俺、部活あるから……」


「うん。頑張ってね」


霧谷くんが部活へ向かったあと、私は裏庭でひとり呆然と立ち尽くしていた。


どうしよう。陽依ちゃんには、言わないほうがいいよね……。


でも、陽依ちゃんが霧谷くんに告白して断られたら?


本当にどうしたらいいんだろう。


明日、陽依ちゃんに対して変わらない態度でいられるかな……。



* * *



翌日、私は陽依ちゃんに対してできるだけ普通に振舞った。


陽依ちゃんは昨日のことは特に気づいてないみたいだけど、きっといつかは知ってしまうだろう。


「優羽ちゃん? どうしたの?」


「……あ、ごめん、なんでもないよ」


昼休み、お弁当を食べながら、つい昨日のことを考えて黙り込んでしまった。


「ねぇ、天音さん」


突然、近くの席でお弁当を食べていた星野ほしのさんが、私に声をかけてきた。


「昨日の放課後、霧谷くんと一緒に裏庭にいたでしょ? 私、偶然見たんだ」


「え!?」


誰もいないと思っていたのに、まさか見ていた人がいるなんて思わなかった。


「もしかして、告白されてたの?」


今は「違う」って言ったほうがいいだろうか。


でも、私と霧谷くんには何も接点がないから、適当なことは言えない。


それに、今はごまかせても、いつか耳に入るかもしれない。


それなら今言ったほうがいいのかもしれない。


「……うん……」


色々考えて、私は正直に頷いた。


その瞬間、陽依ちゃんが動揺したのがわかった。


「やっぱりそうなんだ! 天音さんモテるもんね~」


星野さんが明るく言う。


「それで、OKしたの?」


「……断ったけど」


「え~なんで? 霧谷くんイケメンなのに」


私と星野さんの会話で、陽依ちゃんが今にも泣き出しそうな表情をしているのに気づいた。


早くこの話題終わりにしないと。


そう思った時。


「……ちょっと、ごめんね」


陽依ちゃんが席を立って、教室から出て行ってしまった。


やっぱり正直に言わないほうが良かったのかもしれない。


よりにもよって同じクラスに私と霧谷くんが一緒にいるところを見てた人がいるなんて思わなかった。


とにかく、陽依ちゃんときちんと話をしないと!


私は急いで陽依ちゃんを追いかけた。


陽依ちゃんは、屋上へ続く階段に座り込んで泣いていた。


「陽依ちゃん、ごめんね、私……」


なんて言ったらいいのかわからなくて言葉を続けられずにいると、


「……どうして?」


膝に顔をうずめて泣いてる陽依ちゃんが、かすれた声でつぶやいた。


「どうして優羽ちゃんなの……」


「陽依ちゃん……」


「わかってる。優羽ちゃんはかわいいし、頭も良くて、優しくて、モテるのは当然だよね」


「そんな……」


「それに比べて私は優羽ちゃんの引き立て役だよね」


「そんなことないよ!」


「ごめん、優羽ちゃん。私、優羽ちゃんと一緒にいると惨めな気持ちになる」


「……え?」


「今は優羽ちゃんと一緒にいるの辛い……」


陽依ちゃんはそう言ってまた泣き出してしまった。


私はかける言葉が見つけられなくて、陽依ちゃんのそばから離れた。


陽依ちゃんに言われた言葉が胸に突き刺さって痛い。


私の瞳にも涙が溢れてくる。


陽依ちゃんは2年間ずっと霧谷くんのことが好きで、今年やっと想いを伝えようと決心したのに。


決心したとたんに、霧谷くんは私のことが好きで失恋なんて、辛いのは当たり前だ。


だけど「一緒にいるのが辛い」なんて言われたら、私もどうしたらいいかわからない。


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