迷路

ヤマ

迷路

 背を屈めなければ、前に進めない通路が、果てしなく続いている。



 足元の石畳は濡れ、ところどころに、ぬめるような苔がこびりついている。

 壁も天井も石造りで、空気は重く湿っていた。


 天井の隙間から微かな光が差し込んでいるが、ほとんど闇に等しい。輪郭が曖昧で、奥行きも距離も掴めない。



 ただ、進む。

 いや――


 正確には、



 いくつ角を曲がったのかも思い出せない。

 すべての道が、同じに見える。


 狭い。

 暗い。

 冷たい。


 耳鳴りがする。

 頭の奥で、水が滴るような音が響く。


 進むたび、道幅が狭くなっている。

 肩が擦れ、息が詰まる。





 いつから、そして、何故、ここにいるのか。

 思い出せない。


 ただ、日常を過ごしていたはずなのに――





 やがて、行き止まりに突き当たり、仕方なく引き返す。


 しばらく戻り、思わず立ち止まった



 ――道が、ない。



 目の前の壁に、手を伸ばす。

 ひんやりと濡れた、石の感触。



 確かに、ここに道があったはずだ。



 どこかで間違えたのか。

 そう考え、別の方向を目指す。



 しかし、次の角を曲がったとき――


 また、石の壁が道を塞いでいた。



 来た道が、消えている。



 そこで、不意に嫌な考えがよぎる。



 迷っているのではない。

 



 誰かが、この構造を操作しているのでは?

 どこかから、見られているのでは?



 何か手がかりがないかと、袋小路を調べ、気付く。



 壁に、細い傷のような跡が刻まれていた。

 何本も、浅く削られている。



 まるで――爪痕。



 抗おうとした痕。

 助けを求めた痕。



 足元を見る。


 が点々と広がっている。

 しかし、湿ったその質感は、緑ではない。



 ――赤黒い。



 背後で、音がした。



 振り返る。

 誰もいない。



 だが、道幅が狭まっている。



 急いで引き返す。

 立ち止まれば、すべてが閉ざされてしまうようで――



 呼吸が、浅くなる。

 指先が、かじかむ。





 そのとき、耳元で、微かな囁きが聞こえた気がした。



 ――選べ。

 ――進め。

 ――迷え。





 また、行き止まり。





 振り返ると――道がなかった。





 そこにあるのは、石の壁。





 そして、無数の爪痕だけだった。

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迷路 ヤマ @ymhr0926

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