松葉あずれん

石の土台

文芸部のドアを開ける。案の定、彼はまだ書いていた。

「周、もう劇は明日だぞ?今更変更は無理だって。」

彼は未だに、自分が書いた脚本に満足していないようだった。舞台は中世のヨーロッパで、騎士役を自分が、姫役を梓がする事になっていた。劇の筋は国の争いによって塔に幽閉されてしまった姫を、敵国の騎士が助けに行くという話である。ありきたりな設定だが、ラストで騎士と姫が塔の頂上で直接会うシーンで、姫が足を滑らせて塔の上から転落してしまうのだ。こんな終わり方よりも、ハッピーエンドの方が客受けも良いと周に力説したが、無駄だった。今年こそは、最優秀演劇賞をとりたいのに。

「聞いてるか?」

周の顔と原稿用紙を覗き込むと、一つのセリフが目に入った。

『あなたの事を、深く愛せるかしら。』

ラストで永遠の愛を誓う騎士に向けて姫が言うセリフだった。付き合った初日、澪にもこんな事を言われた。

「もうセリフの変更は受け付けないからな。」

部室を出て教室に戻ると、梓が一人で台本を読み込んでいた。俺に気が付くと

「周まだ書いてた?」

「うん。どうしてお前の彼氏はあんなにこだわるんだ?俺には理解出来ない。」

頷きながらこう答えると、彼女は苦笑いをした。

「本当にね。」

「…もう明日か。」

「大丈夫。きっと上手くいくよ。目一杯楽しもう!」

彼女は笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る