ロボ子ちゃん(仮)は虹をわたる 番外編A

芝山紺

第1話

直哉 14才(中学3年)

銀 4歳

初夏


 ある日尚也が銀に尋ねた。

「文さんがいつまでこっちにいられるか知ってる?」

「聞いてない」

 文は以前言った通り、ちょくちょく愛するペット、ギンを三田村家に預けては出かけるようになった。 ギンちゃん巨大化の騒ぎから食料の管理にはすごく気をつけているから、 あの後ギンが変身した事は一度もない。

 変身さえしなければ、彼(彼女?)はおとなしく手のかからないペットで、今も銀の膝の上で可愛く丸くなっている。

「俺、もうそろそろこいつ引き取って欲しい。のんびりメシも食ってられない」

「今なら大丈夫。この子ご飯食べたばっかりで、今は満足してるみたい」

 文はギンを三田村家に預けている時は毎日ギンのエサを持参して三田村家を訪れる。それは象でも飼っているのか?と勘違いされそうな大量の水草だった。それをギンちゃんはあっという間に平らげてしまう。

 ギンちゃんの生まれ故郷サカジタ星では、変身後の巨大化した姿がギンちゃん達の元々の姿らしい。

 文の話では、地表の大半を氷に覆われた厳しい寒さの惑星だとか。

 ギンちゃんたちは空腹になると、氷の上を何日も何日も歩き続けて、ようやく氷の薄い場所にたどり着くと海にもぐって、海底に群生しているジェムジェムを食べる。そして十分餌を取ると、(ギンちゃんたちは食べたものを瞬時に脂肪に変えて体に蓄えることができるのだ)再びはるばる歩いて安全な巣にもどり、ほとんど動かない生活に戻る。

 繁殖期には、ギンちゃんたちは卵を一つだけ生む。たった一個の卵を寒さから守るために、かれらは片時も離れず卵を抱いて長い長い時間を過ごす。蓄えた脂肪はどんどん消費されてギンちゃんたちの体はとても小さくなってしまう。

 とことん体が縮まったころに、番いの相手がたっぷり脂肪をたくわえて海から戻ってきて、卵のお守りを交代しジェムジェムを求めて旅立つ。

 ギンちゃん、正式名称ラランンペナリ改良バージョンⅡは、その生態を利用して科学者がペット用に生み出した生物だった。食べると極端に肥大し、食べないときは小さいまま。かといって全く食べないわけにもいかないので餌やりには非常に気を使う。

 文はどんなにバタバタしていても(何をして忙しいのかは誰も聞かされていなかったが)一日一回はギンにジェムジェムを与えに三田村家にやってきていた。ギンちゃんはグルメで収穫してから一日以上経ったジェムジェムは絶対に口にしようとはしなかった。

 だからといってうっかりそれ以外の食料を与えると一瞬で巨大化してしまう。ジェムジェムの賞味期限は24時間という事で、文は何をしていようが三田村家に日参するしかなかったのだ。

 だが最近になって文はギンを預けに来た際、食事用に数粒の錠剤を銀たちに預けていくようになった。何らかの事情で二日以上ギンを預けることになった場合用の臨時食との事だった。

 尚也がギンを預かるのを警戒するようになってしまったので、文が保存の効く携帯食という目的で開発したのだ。

「……けど、あれで足りんの?」

「あれ以上はダメ。文が衛星の一つを水槽にしてジェムジェムを栽培しているけれど、こっちで育てるのは難しいみたい」

 だが尚也には納得がいかない。

「なんでそんな面倒なものわざわざ飼うんだ」

 もっと手のかからない可愛くて賢いペットが世の中にはいくらだっている。銀は膝の上のギンちゃんの背中を撫でる。

「文はこの子が気に入ってしまったんだから、めんどくさいのは仕方ない」

「小さい時は俺だって結構カワイイと思うよ」

 すると銀は思案する様子で首を傾げた。

「うん。でももしかしたら文はもう一つの方の姿も気に入ってるんじゃないのかな」

「もうひとつって嘘だろ?」

「変身後のギンちゃんって強くてかっこいいから」

「うちにいなけりゃどんな格好してたっていいよ。あんなの飼う気なら動物園の猛獣の檻が必要だ」

ムスッとぼやくと尚也は話を戻した。

「で?文さんは今回はいつこいつを引き取ってくれるのさ」

「さあ。文は当分地球に用があるって言ってたし、その間はうちで預かることになると思う」

「なんで、そんな長く地球にいるわけ?」

「さあ」

「さあばっかりだ。聞けばいいだろ。文さんに」

「うん。こんど聞いてみる」

そんなやりとりがあって。

 翌々日訪れた文が、ギンちゃんに餌をやり終わるのを待って、さっそく銀は尋ねた。

「文はどうしてこんなに長く地球に滞在してるんですか?」

「ダメ?」

「いいえ。文が近くにいてくれると嬉しい。でも理由を教えてほしいです」

「尚也に聞けって言われたんだろう。あいつ俺を睨みやがった。おっかねえ。何年か前にはほんと素直で口ごたえもしない良い子だったのに」

「尚也はギンちゃんが変身するんじゃないかって神経を尖らせて、ストレスがたまっているようです」

「そっか。悪いな。けどもう少しだけ面倒見てもらえないか」

「もう少しってどのくらいですか?」

「えっと」

 文は指を一本づつ折りはじめる。そして言った。

「まだ当分先かな」

「理由に納得できれば尚也はギンちゃんを預かることを承諾すると思います」

「理由か。実は俺はある事にハマっている」

「ある事?」

「うん。こっちの友達と二人で世界各地のキャンプ地を回っている」

「世界」

 それなら一緒に行きたいと銀は思った。

「まあ今はギンの世話もあるし、そんなに遠出はできないんだが」

「楽しいですか」

「うん。俺自分をインドア派だと思っていたが、人のいない場所でのアウトドアってほんと気分爽快だぜ」

 銀はうつむいてじっと考え込んでしまう。あの文がキャンプ。想像が追い付かなかった。その姿を見て文はくすりと笑った。

「一緒にくるか?俺が毎日どんな事してるのかわかるぜ」

 銀はパッと顔を上げる。

「行きます。ちょっと待ってて。尚也を呼んできます」

「え?尚也は別にいいだろ。俺のキャンプ遊びのせいでギンを預けっぱなしだなんてあいつに言えない」

 文がそう言いかけた時には、もう銀の姿は消えていた。

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