第2話 押し売り
大学を辞めてから何か月が過ぎただろうか。
いや、正確には「辞めさせられてから」だ。僕の論文が、政府の規制に引っかかったと告げられたとき、最初は冗談かと思った。ありふれた大学生の、取るに足らない研究が、なぜ?
抗議の場など与えられるはずもなく、通知は一方的で、全ては音もなく消えていった。論文、学籍、未来――すべてが霧のように。
今の僕は、ただ時間だけを食う存在だ。部屋の隅に山積みになった食器と、閉じたままのカーテンがそれを証明している。世の中は、やる気さえあれば仕事に困らない時代だ。でも僕にはその「やる気」がなかった。
ある午後、インターホンが鳴った。音が部屋に響いた瞬間、背筋がわずかに震えた。人の気配なんて何日ぶりだろう。
金属のドアを開けると、目の前にはスーツ姿の女性が立っていた。小柄で整った顔立ちだ。
「こんにちは。健康研究食品の者です。いま、最先端科学で開発された水を――」
営業か。僕に声をかける人なんてそれくらいのものだろう。
「どんな科学を?」
「レアリウムが使われています!」
レアリウムか、ちょうど僕が研究をした主題の物質だ。
「すごい機能があるのですが、ここだと少しやりずらいので、玄関でもいいので入れてもらえませんか?」
「無理だよ、というかそんな軽い気持ちでレアリウム使っちゃダメでしょ。しかも安定した物質だから体の中に入れたってなにも起こらないし」
「レアリウムは今やもうたくさん流通している物質ですよ?民間で研究している研究所もたくさんあります」
「はあ」
「しかも、水の中にはレアリウム以外にもいろいろな電解質が入っているので、感情をこの水に込めると熱が発生し、水が沸騰します。この水さえあれば災害時にエネルギーが使えなくなってもお湯が使えます」
案外とすごい発明なんじゃないか?
確かに思いもよらない使い方だ。
「まだまだ似たのがたくさんあるんです、あついですし玄関入れてください」
正直家に入りたがっているのは怪しいがもうなくすものは何もないから
入れてみよう
ガチャ
ドアが閉まった瞬間だった
女の顔が変わった。
「体内にレアリウムを入れちゃいけませんよ。物質が蓄積して、感情が流れ込めば、血液が沸騰しますよ」
「たしかに、、、けど、あなたは誰なんです?」
「演技に付き合っていただき感謝します。外には監視カメラが多くて。改めて――矢代と申します。ある研究所から派遣されてきました」
彼女は名刺を差し出した。監視カメラを気にしていたのだ国家直属ではない。
「あなたには責任があります。気づいていないかもしれませんが」
「責任?僕は何もしていません。ここ最近は家でゴロゴロと」
「あなたの論文です。内容の意味を、あなたは気づいていないのですか?」
僕は黙った。抹消されたはずのその論文を、なぜ彼女が?
あれは僕と教授と数人の国の人しか知らないはず
「ただのつたない論文ですよ?何もそんなすごいことは書いたつもりはないです。逆に教えてもらいたいですよ。何がまずいのですか?」
「先ほど私が言ったレアリウムの使い方。あなたはおそらくびっくりしましたよね。誰も思いつかなかったレアリウムの使いかた。あなたも知っているでしょうレアリウムの発見の爆発的な進歩から400年ほぼ科学の進歩は停滞していました。
なぜか。基本言われるのは自然環境の悪化による科学をする余裕がなくなったこと。ただそんなことで人間の探究心がなくなるわけなんてない。なぜだと思いますか?」
「わかりません」
「国が統制したことにより0から1を作るということが極端に規制されたのです。0から1を作るというエネルギーがどこかで発生したときそれによって同時多発的に世界の科学者が熱狂し発見を頻発します」
「それがどうしたのですか」
「国が統制していたのは知識ある科学者です。そこらの大学生にかまってなんていられません」
「それがぼくだと?」
「よませてもらいました。確かに内容は幼稚でつたないですが、その突飛さには。さっきのレアリウム水のように、いやそれをはるかに超える可能性が示されていました。」
「結局それがどうしたんだよ」
「400百年たまりにたまった探求心が爆発したのです。歯止めの聞かないほどに。世界中で」
「なんでそんなに僕の論文が広まっているのだよ」
「あなたの教授が世界中に広めたからです」
まさか、そんなことがあるのか
教授が政府に通報したのじゃないのか?
僕が書いたこともばれたということは名義が欲しかったわけじゃなさそうだ。
外の世界をよく知らない僕にとって危機感は全くわかなかった
大学退学から1年と1月の日だった。
科学暴走対策研究所 KBT とおあさ @shuiwa
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