エピローグ
淡々と季節は移り変わろうとしている。鋭く鮮烈な青だった夏空も次第に柔らかく深い秋のものへと移ろって、夏が眠りにつくのが身に染みてわかる。
紗凪は何も言わずにいなくなってしまったけれど、なんとなく何を思っていたのかはわかる気がする。きっと紗凪はこの夏のきらめきを閉じ込めておきたかったのだろう。どれほど写真を撮って、拾ったシーグラスと貝殻をレジンに封じ込めたって、さざなみの音も波光も茹だる夏の暑さも一瞬で手の内をすり抜けていってしまう。長いと思ってい夏はあっさりと秋になる。もしかしたら、そんなふうにしていつか私の心も移ろいすり抜けてしまうかもしれないと思ったのだろうか。そんなことはありえないというのに。
どうであれ、結果として紗凪の思い通りになっている。彼女はこの夏に自らが囚われることで永遠を手にしたわけだし、私の中にまで福岡紗凪という存在だけを刻み込むことに成功したのだ。
私はあの『事故』以来立ち入り禁止になっている旧校舎の屋上へと足を向けた。
この先私は紗凪の面影を抱いたまま永遠の夏の中を生きていくのだろうか。彼女のいない世界では色も温度もひどく薄ぼんやりとしたままで、私にはもう春も秋も冬もやってこない。
ここに立つとまだコンクリートが朱に染まって見える気がする。目が痛くなって思わず閉じると、やっぱり眼裏に遠く潮騒が聴こえてきて、ふと顔を上げる。そこにはただ青があった。そうだ。海はずっと青かった。やはりどこまでいっても私は、私たちはこの海に還ってくるのだ。視界いっぱいの青に包まれながら、目の端で白抜きしたような天使が笑っている。私たちの間を一陣の涼風が吹き抜けていった。
夏の共犯者 海揺霧惟 @hanarokushou-no-yoru
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