その大学生は異類婚の夢を見る 

南都大山猫

第1話 曽爾悠の憂鬱

 今にも雨が降り出しそうだ。雲はどんどん厚くなって、そのうち地面に着きそうだ。湿気はすでに耐え難いものになっている。なのに傘がない。70年代フォークソングにそんな曲があったっけ。歌詞も今の俺みたいな情けない奴の心情を歌ったものなのかな。


 授業が終わり、構内を歩く学生の方向はまちまちだ。遅いランチ目当てに学食に走るヤツ、次の講義に向かうヤツ、急ぎ足でグラウンドに向かうサッカー部員。雨が降っても練習やるんだ。大変だな。


 バイトの前に傘を取りに自宅に戻るか、それともバイト先まで一気に走っていくか、曽爾悠(そに・ゆう)は文学部学棟の建物の前で少し迷っていた。ふとみると、学棟前で談笑する学生たちの中に一人ポツンと立っている男性がいた。

 

 その男性は明らかに目立っていた。ひどく痩せているということだけじゃない。うまく説明できないのだが、着ているものや持ち物に違和感があった。まず髪型だ。髪が…長い。肩まで伸びてる。しかも手入れが行き届いていないというか、伸びるままになっている感じだ。あれ、なんて言うんだっけ。母が若い頃に流行ったやつ。ワンレンボブだったっけ?そのまま美容院行くの面倒になって、手入れもせんと数ヶ月経った感じ。うん、それだ、ワンレンボブ。ちょっと違うような気もするけど、まあそんな感じやろ。


 そしてピッタリ身体に張り付いている花柄のシャツ。合わせてるジーンズは腿の辺りはフィットしてるのに裾にいくほど広がっている。しかも目立つのは、ベルトのバックルだ。まるで鬼瓦のようにデカい。ジーンズの下に履いている靴はブーツっぽいが、ジーンズの裾が地面につくほど長いので、よく見えない。まるで祖母ちゃんの若い頃の写真に写ってる人たちみたいだ。これでフォークギターを肩に担いだりなんかしたら、まるっきり70年代…って、まてよ、祖母ちゃんの時代って…。


 曽爾悠は慌てて目をそらす。そしてわざとらしい大声で「さてと!バイト行くかぁ」と言ってみた。我ながら白々しい小芝居だ。でも、間に合わなかった。

   

 その男は曽爾悠が自分を認識してていることに既に気づいていた。太くて大きいセルフレームのメガネを右手でクイッと上げ、ツカツカと曽爾悠に近づいてきた。


 ヤバっ。俺、しくじった。油断してたわ。どうする…俺。


 「クン・ソニ? マイ・チャイ!アライナ…ソニ…ソニクン!」

   

 背後からいきなり曽爾悠を呼ぶ声がした。外国人のアクセントだ。何だよ、今、忙しいのに。俺、今ややこしいことになってんだよ。これ以上、ややこしいことを増やさんといてくれ。そう思いながらも、女の子の声やし、一応振り向いてみた。


 そこには…同じゼミの留学生が立っていた。

    

 「曽爾君…ですね?ワタシ、ホンです」留学生はそう言ってニッコリ笑った。


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