とある一般冒険者の受難~ドMなドラゴン娘に懐かれたばかりに屑野郎であることを強要されている~
四熊
出会い
「――お前の皮を剥いでそれを絨毯にしてやる」
森の奥深く。誰にも聞かれていないことを確認して、しがない冒険者の俺、シュラは声を出した。喉の奥から絞り出すような、ドスの利いた声。しかし、慣れない台詞だからかどうにも上ずっていて、情けない響きがする。
鏡もないから自分の顔は見えないがきっとニヒルに笑おうとしても、頬が引きつったひどい顔をしているに違いない。
今日練習しているのは、先日読んだ悪党たちが殺し合うという内容の物語の一節だ。敵を追い詰めた悪の首領が、絶望に顔を歪める相手に言い放つ、とびきり冷酷な台詞。
お前の皮を剥いで絨毯にしてやるこれ以上ないほど悪に満ちた言葉だろうこれを完璧に使いこなせれば、きっと俺も強くてクールで悪そうな男になれるはずだ。
「どうだ、俺様の恐ろしさが骨身に染みたか、雑魚め。ひざまずいて、命乞いをしろ」
続けて言ってみるが、どうにも迫力が出ない。まるで、どこかの子供が無理して大人ぶっているような、滑稽な響きにしかならない。
ああ、なんで俺はこんなことをしているんだとも少し思い始めていた。
別に俺は人を殺そうとか脅そうとかをするためにこんな練習をしている訳ではない。俺は一応冒険者だが、自分より強そうな奴を前にすると震えてちびるくらいには小心者なのだ。
だが、これもすべてリリアのため。
リリアは俺が拠点としているこの町、エイストで一番の美少女と呼ばれていて、いきつけの酒場の看板娘。
リリアは、強くてクールでちょっと悪そうな男がタイプだという噂を聞いてから、俺の地味で平穏だった冒険者人生は一変した。こんなところで毎日、意味のない悪ぶる練習を続ける羽目になったのだ。なんでリリアは、ああいう男が好きなんだろうな。もっとこう、真面目で優しい男にも目を向けてくれればいいのに。
だから、俺は森に入って数日かかるような依頼を冒険者としてこなしている時は、この誰にも見せられないような練習をしているのだ。
「……ッ、はぁ……!」
突如、背後から荒い息遣いが聞こえた。ひやりと冷たいものが背筋を駆け上がる。反射的に、全身の毛が逆立った。
正直、誰かにこんな滑稽な姿を見られたと思うと恥ずかしいが、それよりこんな近くまで気配を感じなかったことに驚いた。
――誰だ!! 今まで風の音くらいしかしなくて、何の気配もなかったはずなのに!
恐る恐る、いや、ビクつきながら目を手で覆いながら振り返ると、そこに立っていたのはあまりにも場違いな光景だった。
月光を宿したかのような銀色の髪が、さらりと風になびく。透き通るような白い肌。年は俺と同じくらいか、あるいは少し下だろうか。
だが、その背には、夜闇よりも深い漆黒の翼が生え、頭には、研ぎ澄まされた刃のようにねじれた角が二本伸びている。そして何よりも俺の目を釘付けにしたのは、その少女の全身に刻まれた、悍ましいほどの傷跡だった。無数の切り傷が交差し、まるで複雑な模様を描いているかのようだ。焼けただれたような痕、鈍器で殴られたような大きな痣、爪で抉られたかのような深い傷跡……。
これだけの傷を負っていれば普通なら意識を失っているか、あるいは絶叫でもしているだろう。だが、少女の表情は、どこか恍惚としていて薄ら笑みを浮かべていた。
「……皮を、はいで……絨毯に……ッ! あぁ、なんて素晴らしい響きなのでしょう! そのお言葉を、まさかこの耳で聞けるとは……!」
少女は全身を震わせ、今にも倒れそうなほどに興奮している。その瞳は潤み、頬は紅潮し、吐息は荒い。少女の視線は、真っすぐに俺に向けられていた。
「私がどんなに懇願しても、これまで誰もそんなことをしてくれる人はいなかったのに……っ! だから私自身で痛めつけるしかなかったのですが、やはり他人にいたぶってもらわないと話になりません。あなた様は、私の求めていた……真のご主人様なのですね!?」
混乱した。頭の中が真っ白になる。彼女は何を言っているんだ。俺のヘタクソな悪ぶるセリフが、なぜこの少女をここまで興奮させているんだろうか。
―― まさか、俺が本当に「お前の皮をはいで絨毯にしてやる」と言ったとでも思っているのか?
そんな物騒なことを冗談でさえ口にしたことはない。これはあくまで、練習用のセリフであって特定の誰かに向けたものでは……。
「な、なあ、お前……」
俺は恐る恐る口を開いた。少女の目には、相変わらず狂気じみた期待が宿っている。
それに背中の翼と頭の角。どう見ても普通の人間じゃない。そもそもこんな傷を負って、皮を剥いで絨毯にすることを素晴らしいと言ってくるやつが普通の人間な訳がないが……。
なにから聞こうか迷っているうちに先に少女が狂ったように喋る。
「ああ、申し遅れました! 私はリューナ、種族はドラゴンです。ご主人様に名乗りもしないなどなんてご無礼を! どうか、どうか痛めつけてください!!」
少女は自らをリューナと名乗った。その表情は、さらに恍惚としたものに変わっていく。
「私は数百年前から生きてきた古のドラゴン。その耐久力には、並々ならぬ自信があります。どんなに深い傷を負っても、どんなに肉体が引き裂かれても、精神だけは決して折れません。むしろ、その苦痛こそが、私にとって最高の喜び……ッ! どうか、ご主人様、この身体を、あなたの手で極限まで痛めつけてくださいませ!」
リューナは両手を広げ、恍惚とした表情で身を震わせる。
俺の頭の中にはドMドラゴンとという一生で言うことのないであろう言葉が浮かび上がる。それに、この少女の言葉の端々から、自分で自分を苛めてきたという異常な過去が透けて見える。俺のセリフを自分へのご褒美だと勘違いしているのは明らかだ。
リューナは俺の手を取った。その指先から、ゾクリとする冷たい魔力が流れ込んでくる。拒否する間もなかった。体の自由が利かない。
「私、リューナはここに誓います。我が身、我が魂、我が全てを、このお方に捧げ、永劫にその奴隷たらんことを! どうか、私を極限までいたぶってくださいませ、ご主人様!」
そう叫ぶと同時に、俺の右手の甲に、禍々しい紋様が浮かび上がった。まるで血が滲み出てきたかのように、紅い線が皮膚の下でうごめき、やがて複雑な文様を形成する。あの悪党小説の挿絵で見たことがある、相手を奴隷にした時にその主人の手に現れる紋様だった。
それに合わせるようにリューナの首には奴隷であることを象徴するように首輪のような紋様が浮かび上がる。
「え、ええええ!? な、何なんだこれぇっ!?」
俺のパニックを見て、リューナはさらに顔を歪ませた。歓喜に打ち震え、恍惚とした表情を浮かべている。
――違う! 勘違いだ! 俺はただリリアにモテたかっただけで、人をいたぶるなんて考えたこともない!
心の中で絶叫するが、声にはならない。
リューナは俺の手を掴んだまま、ゆっくりと地面に膝をついた。彼女の銀色の髪が、まるで絹のように流れ落ちる。そして、その透き通るガラス玉のように美しい瞳が俺の顔をまっすぐに見上げてきた。
「さあ、ご主人様! ためらうことはありません。早速私をいたぶってくださいませ! あなた様の望むがままに! 爪を剥がすのもよし、皮膚を切り裂くのもよし、骨を砕くのもよし……あぁ、想像するだけで、私、身震いが止まりませんわ……!」
俺は戸惑った。
――いきなりそんなこと言われても、どうすればいいんだ? いたぶるって、爪を剥がす? 皮をはいで絨毯に? そんなこと、できるわけがない! そもそも、そんな猟奇的な行為をする趣味も勇気もない!
冷や汗が背中を伝う。リューナの目は、俺の次の行動を今か今かと待ち望んでいる。しかし、俺の手は動かない。心臓がバクバクと音を立て、喉がカラカラに乾いていく。
そんな俺の様子を数秒見つめ、リューナの表情がスーッと冷めていく。まるで、これまで見せていた歓喜が嘘だったかのように、一瞬にして感情の灯が消えたような、無機質な顔つきになった。
「…………あれ? もしかして、見込み違いでしたか?」
ぞっとするほど冷たい声だった。あの興奮していたリューナとは、まるで別人だ。その声には、微塵の期待も感じられない。
「私の勘違いかもしれませんが、もし、あなたが私をいたぶることができない、あるいは私が見込み違いであったと判断した場合は……その時は、残念ですが、あなたをどうのように自分を痛めつけたら楽しいのか勉強したいので、その教材として拷問の上、殺して次の主人を探します。期待外れは、私にとって最大の裏切りですので」
そうにっこりと貼り付けた笑顔でリューナにそう言われると俺は恐怖で全身が硬直したまま、身動き一つできない。
確か、奴隷契約を結ぶと主人に逆らうことは出来なかったはずだがこのリューナというドラゴン娘が俺を殺せるということはドラゴンほどの圧倒的な力があれば強制的に取り消しが出来るということなのだろう。
俺は冒険者の中でも強い方ではないがリューナの圧倒的な実力を感じていたからだ。そもそもドラゴンというだけで普通の人間にかなうはずがない。
ドラゴンを倒せるのは冒険者の中でも両手で数えるほどくらいにしかいないのだ。しかも、その彼らでもかなうかは五分五分だ。
このままでは本当に殺される。いや、殺されるだけならまだしも、拷問の上だ。俺はただ、リリアにモテたかっただけなのに、よりにもよってイカれたドMドラゴンのご主人様になってしまったという理不尽に絶望した。
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