第1章 めずらしい客-1

 最初にお客に気づいたのは、八百屋の息子のデキ<芽吹めぶき>だった。獣人じゅうじんの彼は、長いうさぎの耳をもつ。その耳が遠くの音を拾い、ピクピクッと震えた。


「おい、あれ。こっちに来るの、ほしエルフじゃないか」


 子どもたちは草むしりの手をとめてデキが指さした方を見た。


 ここ、マフヌ村の住民はほとんどが農民で、子どももみんな働き者。学校終わりにみんなで簡単な仕事をするのが日課だ。


 確かに、遠い山のふもとまで広がる草むらの向こうから歩いてくる人影は星エルフのように見えた。二本足で歩く生き物はほかにもいるけど、エオファイラ人なら誰だってわかる。彼らの特徴である尖った耳が、大きな帽子で隠れていたとしても、だ。


 近づくに連れ、星エルフが女性であることもわかった。顔は、やはり帽子のつばでまだよく見えない。


 子どもたちの間にそわそわとした空気が流れ、互いに顔を見合わせた。このへんぴな村に客人きゃくじんがやって来ることはまれだ。しかも、それが星エルフだなんて。


 やがて女性は、彼らのすぐ目の前までやって来た。立ち止まり、こちらを見渡みわたしてくる。


「こんにちは。リルさんは、ここにいるかしら」


 子どもたちの目がいっせいに、彼らのうちのひとり―――背の高いヒトの少女へ向けられた。


 当のリルは、驚いて一瞬息を止めてしまった。


 あたしなんかに、何の用が?


 顔が熱くなるのを感じながら、ちいさい声で「あ、あたしです」と答えた。


 星エルフは微笑んだ。リルはおずおずとその顔を見上げる。リルだってけっして小柄なほうではないのだけど、彼女の背丈せたけにはかなわない。


 エオファイラに住むエルフの種類はふたつ。はなエルフと星エルフだ。


 小さくすばしっこい花エルフに対して、星エルフはそうじて大柄で、もの静かだ。星の声を聞く彼らは、あまりほかの種族と関わろうとしない。だからリルも、村で暮らすほかの子どもたちも、星エルフと出会うのはこれがはじめてだった。


 星エルフのなかでは、長く生きる者ほどあまり口でものを言わず、表情も動かさないという。それでいうと、目の前の女性は“ヒト並みに”社交的なようなので、かなり若いほうなのかもしれない。


「はじめまして。わたしの名はレイリス<一番星>。ここから山をいくつか越えた先の、あけぼのだにから参りました。あなたと、あなたのご両親にお話があるのです」


 ほかの子どもたちが再び顔を見合わせあった。ひそひそとお互いにささやき合う少女たちもいる。


「あ……そうですか」


 リルはバツの悪い気持ちで、曖昧あいまいにうなずいた。


 村の子どもたちのなかでの彼女の立ち位置は、はっきり言って微妙だ。体格はすぐれているし頭もそこそこ賢いのだけど、気が優しすぎて少々どんくさい。そんな冴えない自分をうつくしい星エルフが訪ねてきたなんて、すぐに村中のうわさになる。そういうのは、好きじゃなかった。


 とにかく、はやくここを離れよう。


「そしたら、うちへ来てください。父さんはこの村の時守ときもりで、今日は七時までの当番だから家にいるはずです」


 時守りの役目は、天候てんこうを読み村人たちへ伝えること。リルの家のとなりには小さな塔があり、広く空を見渡せるその場所が父さんの仕事場だ。時守りという呼び名は、むかし、まだ時計があまり使われていなかった頃は時刻を知らせる役割も担っていた名残である。


「なるほど」とうなずくレイリスは、おそらく説明しなくても時守りが何なのか知っているのだろう。「御母上おははうえもご自宅にいらっしゃるのですね?」


 リルは首を縦に振った。母さんは……母さんはきっと、今日もほとんどベッドにせっている。


 でも、たとえみんな知っていることだとしても、母さんの体のことを大勢おおぜいの前で口にしたくはなかった。


 そのためらいが伝わったのかどうか、レイリスはそれ以上聞かずに「ではまいりましょう」と言った。


 好奇こうきで目をらんらんと輝かせる子どもたちを背に、ふたりはのどかなマフヌ村の小道を歩き出した。




(続く)

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