エオファイラ物語 夜明けの王女(リマスター版)
鳥越愛生/とりのささみこ
序章
”彼”はそれを全て見ていた。その夏の夜のできごとを。同じとき、同じ場所にいた者の数は多かったが、全てを見て全てを知ったのはただひとり、”彼”だけだった。
―――逃げろーっ、
———……う、腕がっ、腕がぁぁあああっ……
―――お父さーん!嫌ぁーっ……
あちこちから聞こえる叫び声。逃げ
数時間前まで、ここは平和そのものだった。賢い王と女王がおさめるこの国の城。今や、
「ルーナ、はやくっ!走れ!!」
まだ
”彼”は、
「クスノキのおじいさん」
王女はかすれた声で、”彼”に話しかけてくる。
「どうしてこうなってしまったの?庭が燃えている……みんなが、殺し合ってる……」
まだ柔らかい手のひらが、”彼”の肌を―――ごつごつとした
「お願い、クスノキのおじいさん。答えてよ……」
”彼”は答えられなかった。体の
王女はちいさな体を
「みんな、どこにいるんだろう」
力なくつぶやく王女の右手は、彼女の胸元にある
その特別な
「こんなもの……!」
十一歳の少女らしからぬ強い怒りの色を、目にたたえている。
「こんなの付けてたって、何の意味もない!わたしは王女なのに……こんな大変なときに、なにもできない……」
「確かに、お前が持っていても宝の持ち
鉄をこするような
王女はくるりと振り向いた。空にいたのは、年をとったワシミミズクの男だった。
「あなたは」
王女の背中がこわばる。声が、たじろいでいる。
「グルミニーの王さまの
彼女の目の前に、すうっとワシミミズクが降りてきた。
「おとなしくその王家の首飾りを渡せ。渡せば、お前を王と女王のもとへ連れて行ってやる」
王女は後ずさった。その背中がとん、と、ふたりのやり取りを見守ることしかできない”彼”の太い幹に触れた。
「いや!嫌よ。これは絶対に渡さない」
さっき爪を突き立てた首飾りを、今度は守るようにぎゅっと握りしめている。
「それに、あなたが持っていたって意味はないはず。これをつけることができるのは、この国の
その言葉を、ワシミミズクは「フンッ」と一笑に付した。
「首飾りと王家の
王女が悲鳴をあげた。ワシミミズクが目にも
「返して!」
ワシミミズクは高く笑うだけで答えず、夜空へ飛び立とうとした。
その時。
白い小さな影が、ワシミミズクめがけて突っ込んできた。尖った黄色いくちばしがワシミミズクの目をつき、その
白いタカだ。全身を白い羽で覆われたタカは、奪った首飾りを持ったまま黒い夜空へと高く舞い上がった。
「お、おのれーッ」
地に落ちたワシミミズクが
王女が
「ならば……」
男が早口で呪文を唱えると、王女の体がびくんと弾み、そのまま地面に倒れ込んでしまった。その耳の穴から、白い煙のようなものが流れ出はじめた。男の手が、煙をつかもうとするように伸びてくる。
今こそ、残された力を
それまで成すすべのなかった”彼”は、体じゅうの力を
どっと、たくさんのものが”彼”の中に入ってくる。色、光、風、味、におい……倒れそうになるのを懸命にこらえた。ここで倒れてはいけない。耐えれば、望みはつながる。
「じじい!よくもやってくれたな!だが見ていろよ……あんたの努力も所詮、無駄なことだ!」
怒りにまかせて呪いのことばを吐く
あとには、倒れたままの王女が残された。火の手が
「リル……リル!」
王女の名前を呼ぶ声は、彼女の両親、この国の王と女王だった。王は傷だらけで、女王は胸元を抑えながら苦し気にあえいでいる。ふたりとも服はぼろぼろだ。
ふたりは倒れる娘のもとへ駆け寄った。王が王女を抱き起す。
「息はある。気を失っているだけだ」そのまま王女を抱きかかえ、女王に頷いてみせる。「行こう」
王と女王は一瞬、”彼”に目を向けた。何か言おうとしたのかもしれない。けれど、もう”彼”に会話する力が残っていないのがわかったのだろう。ふたりは王女を連れて走り去って行った。
その背中が、急速にぼやけていく。まだそれほど遠くなっていないのに。”彼”の見る力のほうが、もう限界なのだった。
伝わってきたのは、ある計画。
”彼”は、意識の中でうなずいた。それだけで白いタカには、”彼”がこの計画に
満足げに最後の吐息をのこして、”彼”は、静かな闇へと眠りについていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます