第3話 鍛冶屋のロマン
鍛冶屋の作る武器は、丈夫で、誰にでも扱えるものがいい。
癖がなくて、買ったその日から使いこなせるような。
釘も、鍬も、鍋も同じ。使いやすさこそが俺の信念だ。
この街で三十年。俺は武器を作って、売ってきた。
使い捨て――とまでは言わないが、替えが利くように作っている。
だからだろう、うちの常連は新人を連れてくることが多い。
「おやじ、こいつに一本見繕ってやってくれ」
昼過ぎ、店の戸が開き、見慣れた顔が入ってくる。
連れているのは、まだ十四、五かそこらの少年。細身で、腕も頼りない。
「坊主、いくつだ?」
「十五……になりました」
「そうか。なら、まだでかくなるな。少し短めにしておけ。重さも軽いやつがいい」
「え、でも俺、大人用がいいです。みんなと同じのがいい」
「背伸びして肩や肘を壊したらどうする。今は“使えるもの”を持て」
「だがよ、おやじ。どうせなら大人用の長さに慣れといた方がいいんじゃねえの?」
隣で口をひらいた常連に、俺は釘を指した。
「俺の作る剣は、誰が握っても変わらんようにしてある。育ったら新しいのに替えればいい。それまでは、体を壊さないのが一番だ」
結局、少年は手に馴染む小さめの一本を選んだ。
そっと両手で受け取り、握り直す。
重さと質感を確かめるように何度か構えてから、小さく息をついた。
「……ありがとうございます」
「がんばれよ。冒険者」
恥ずかしそうに目を伏せながら、それでもどこか誇らしげな顔をしていた。
そういう顔をされると、やっぱり手は抜けねえな、と思う。
名も知らない若者だ。いずれは名のある職人に特注の武器でも頼むようになるだろう。
それでかまわない。うちは“入り口”みたいなもんだ。
ここに来るのは、「安くて、それなりに使える」武器を求める者たちだ。
そんな武器が、いつでも、すぐに手に入る。
俺と客の間には、そういう信頼がある。
だが、俺にだって、作りたい武器がある。
一日の仕事を終えたあと、炉に残った炭を少しだけ足す。
火を見つめながら、使い残した鋼を静かに熱し、薄く引き延ばす。
火花は小さく、音も控えめ。けれど、槌を打つ手に迷いはない。
これは商品じゃない。
一人の鍛冶屋としての、密かな楽しみだ。
使い残した素材を集めて、俺は一本の剣を作っている。
それは「カタナ」。
遥か昔の勇者が握ったとされる、異国の細身の剣。
片刃で薄く、斬ることに特化した形状。
切れ味は抜群だが、ひとたび叩きつければ折れ、無理に振れば歪む。
そんな繊細な剣だ。
使い手を選ぶどころか、扱える奴がこの町にいるとも思えない。
実用品ではない。売れない。
けれど、どうしようもなく、心が惹かれる。
「また、それ作ってんのかい?」
材料の納品に来た顔馴染みの商人が、笑いながら覗き込む。
「売れないって分かってて作るなんて、変わり者だねえ」
「変わり者で結構」
火花を浴びながら、俺は黙々と槌を振るう。
「おんなじもんばっか作ってりゃあ、腕が鈍る。遊びの一本くらいは要るさ」
「遊びにしては、目が真剣すぎるけどな。……完成したら見せてくれよ」
「気が向いたらな」
誰のためでもない、名もつかない剣。
それでも俺は打つ。いつか“本物”を作る日のために。
誰にも買われなくてもいい。
それは俺の、ひとりの鍛冶屋の――ちっぽけなロマンだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます