「文書」のない世界

 これはまだ、音と絵のみで情報を伝えていた時代。そこはモノや現象に「名」があり対応する「絵」が存在する世界。山は「山」を意味する「絵」が、海は「海」を意味する「絵」が描かれた。炎も風も、モノを伝えるのに音である必要も薄れていった。人々はただそこに在るモノだったソレを「絵」にしてを伝えた。


 あるとき、絵に「音」を付け加え、規則的に並べる「人」が現れた。彼はこれまで使われていた「絵」では見る人によって意味が変わり、正しく伝わらないことを悔しく思った。彼は日常で使う音と使った表現をそのまま「絵」に記すことができないか考えた。モノを意味する名の音。名の音を示す「絵」を考え、音の順に並べてゆく。彼は、「ことば」を「文字」で示す楽しさを覚えた。


 彼の発明した「文字」は「文字」を知っている者同士において、直接会うことができなくても、また絵で伝えることが難しいモノでも、「文字」という意味の集合体を書くことで時と場所を超えて相手に伝えることができる便利さを持っていた。その便利さと文字を書く楽しさも相まって、次第に広く使われるようになっていった。


 彼はすべての意味を正確に伝えることのできる「言葉」を作ろうとし、生涯を終えた。文字による強力な情報の力を知ることなく。


 後の人々は、神羅万象を伝えられる「文字」を、神と人をつなぐ特異なものだと信じ、神の伝承や人の歴史を記した。

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万能偽文書 結 紗良沙 @yui-424

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