第5話:不気味な恩恵と、迫る聖王国の影

【ロザリンド視点】


 魔物の出現は激減し、もし現れても、クロウが送ってくれた『魔力抑制装置』が発する抑制波によって動きが鈍った。遠方から迫る魔物の群れが、村の境界線で足止めを食らい、混乱する様子が『危険察知装置』を通して手に取るように分かる。その巨体が、まるで蜃気楼のように揺らぐ。さらに、暴走しかけていた開拓機械は、彼の指示通りに調整を施したことで、まるで手足のように正確に動くようになった。その轟音は、今や村の活気を告げる音へと変わった。

 「完璧だわ……!」

 私は思わず、興奮した声でつぶやいた。この感動を誰かに伝えたい!

 私の【内政チート】が、文字通り『無敵』になった気分だ。資源の採掘効率は飛躍的に向上し、畑からは豊かに作物が実る。村の隅々まで活気が満ち溢れ、子供たちの笑い声が響き渡る。アベルも、以前よりずっと元気になった。まるで、夢にまで見たスローライフが、目の前に広がっているかのようだった。

 村人たちは、私を『救世主』と呼んでくれる。聖女リアナも、私に心から感謝の言葉を伝えてくれる。彼らの信頼と、自分自身がこの手で村を立て直したという確かな「達成感」が、私の胸の中で「感情の膨張」を起こしていた。この村を、本当に愛おしいと感じる。


 だけど、同時に疑問も深まる。あの鍛冶師は、一体何者なのか。

 聖女リアナは彼のことを多く語ろうとしない。ただ「人付き合いが苦手な、森の奥に住む鍛冶師様」としか言わないのだ。しかし、彼の技術は、この世界の常識をはるかに凌駕している。

 まるで、私と同じ……いや、私以上に『この世界のことわり』を知っているかのような知識と技術。

 まさか、私と同じ転生者?いや、それはありえない。乙女ゲームには、そんな隠しキャラはいなかったはずだ。ゲームの枠を超えたこの『裏ルート』を確実に成功へと導いてくれる存在。それが彼なのかもしれない。

 「彼は、きっと、世界で一番すごい人だわ。早く会って、お礼が言いたいな……」

 私の思考は、彼という未知の存在の謎に深く引き込まれていく。胸の奥が、ほんのり温かくなるのを感じた。

 この急速な発展は、必ずや旧王国や聖王国の目に留まるだろう。特に、あの聖王国は厄介だ。彼らの信仰は、自分たちの常識から外れた『奇跡』を認めない。その『奇跡』が、聖女リアナの力ではなく、未知の技術によってもたらされていると知れば、どうなるか。

 私の【権力チート】は、情報収集にも長けている。斥候からの報告や、密かに王都から送らせていた情報網からの報告によれば、すでに聖王国がこの村に強い関心を示し始めているという。彼らの視線が、まるで氷のように冷たく、私の肌を刺すような「不穏な予感」という「違和感」が、静かに「感情の助走」を始めていた。

 彼らが本格的に動き出す前に、こちらも準備を整えなければ。次なる課題は、軍事力の強化。そして、旧王国への『ざまぁ』の総仕上げだ。この村を守るために、私はもっと強くならなきゃいけない。


【クロウ視点】


 聖女リアナが、また僕の工房に戻ってきた。

 今回は、村の安定を伝える報告書を持ってきてくれた。村人たちの活気ある様子や、ロザリンドという女性の的確な指示が綴られていた。彼女の言葉からは、村全体の熱量が伝わってくるようだった。

 僕が開発した魔力抑制装置と危険察知装置が、期待通りの効果を発揮し、村は完全に安定したという。データが示す数値も、それを裏付けている。

 聖女リアナは、紙面いっぱいに喜びの言葉を綴っていた。そして、その横には、ロザリンドという女性の筆跡で「感謝する」と簡潔に書かれていた。その文字からは、彼女の強い意志が感じられた。

 「感謝、か」

 その言葉は、僕の心をわずかに揺さぶった。データとしては「感謝」という文字情報に過ぎない。しかし、その背後にある、ロザリンドの「村を守り抜く」という揺るぎない「意志」と、聖女リアナの純粋な「喜び」という「感情の膨張」を、僕の『フィルタリング型』の知性が捉えた。それが僕の純粋な探求に、新たな「意味」を付与する。僕は、人の感情というノイズが、実は僕の探求をより深く、より豊かにしていることに気づき始めていた。

 僕の研究は、純粋な探求の先にある。しかし、この成果が、あの女性を、そして村の人々を安堵させている。それは、僕にとって新しい発見だった。


 だが、聖女リアナが持ち帰った新たな情報に、僕は眉をひそめた。

 聖王国の影が、急速に色濃くなっているという。彼らが、聖女リアナの失踪とこの村の急激な発展を、明確に結びつけ始めている。村の周辺で、聖王国の斥候の活動が活発化していることもデータから読み取れた。

 聖王国は、聖なる力を絶対視する。僕の技術が彼らに知られれば、間違いなく危険視され、悪用される可能性がある。彼らは僕の技術の原理を理解せず、ただ「不浄」として排除するか、あるいは自分たちの都合の良いように利用しようとするだろう。

 僕は、聖女リアナが持っていた聖王国の書物や、彼女自身の証言から、聖王国の持つ『聖なる力』がどのように利用され、この世界にどんな影響を与えているのか、独自の情報収集を始めた。僕の脳裏では、膨大なデータが高速で解析されていく。聖王国の教義書と、僕の科学知識が、まるでパズルのピースのように組み合わさっていく。

 聖なる力とは何か。それは本当に奇跡なのか。僕が知る現代科学で、その本質を解明できるはずだ。聖王国の信仰と、僕の知る現代知識。二つが交錯する時、何が生まれるのか。

 僕は、自分の研究が、この世界の未来を左右する可能性を、感じ始めていた。「この世界に真の知をもたらす」という「価値観の発動」が、僕の内から湧き上がっていた。それは、孤独な探求から、世界全体へと意識が向かう、大きな変化だった。


【聖王国情勢】


 聖王国は、錆びた開拓村の急速な復興ぶりに、驚きと同時に強い警戒心を抱いていた。

 「聖女リアナの力抜きに、あの不毛の地が蘇るなど……!」

 最高司祭は報告書を握りしめ、顔を歪めた。その握られた紙が、彼の指の跡で深く凹んでいく。彼の額には、嫌な汗が滲んでいた。

 彼らは、聖女リアナの力こそが世界を救う唯一の『奇跡』だと信じていた。それ以外の技術や発展は、全て『不浄』であり、排除すべきものだと考えていたのだ。その思考は、彼ら自身の「権威の維持」という「動機」に深く根差している。彼らの地位と信仰が、この村の出現によって脅かされている。

 聖王国の斥候が持ち帰った、クロウの技術の断片的な情報。それは、彼らの持つ聖なる技術とは全く異なる原理で動くものだった。司祭たちがそれを解析しようと試みるが、その回路は複雑で、彼らの知る魔術理論では全く理解できなかった。

 「解析せよ!あの技術の原理を解明し、我々の聖なる力に応用するのだ!」

 最高司祭は、苛立ちを隠せないまま命じた。しかし、彼らの既存の知識では、クロウの技術を理解することも、再現することもできなかった。理論の根幹が違いすぎるのだ。彼らの司祭たちが、頭を抱え、床に落ちた設計図の写しを呆然と見つめる。それは、彼らが「理解できない」という「違和感」から来る「苛立ち」だった。

 最高司祭は、聖女リアナを奪還し、あの村を完全に掌握することを最終目標に定めた。

 聖王国の経済は、ロザリンドの領地との交易圏が拡大するにつれて、さらに圧迫され始めていた。市場では、聖なる素材の価格が緩やかに高騰し、民衆の間には不満が募り始めていた。街角では、聖なる素材の不足を訴える声も聞こえ始めた。

 「聖なる力は、絶対なのだ……!」

 最高司祭の呟きは、確信というよりは、むしろ自らに言い聞かせるような響きを持っていた。彼の瞳の奥には、焦燥と、かすかな恐怖の色が揺らめいていた。


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第5話:不気味な恩恵と、迫る聖王国の影


「魔物も暴走機械も、あの鍛冶師の装置のおかげで完璧に制御できるようになったわ!私の【内政チート】が、まさに『鬼に金棒』状態ね!村人たちの信頼も揺るぎないし、スローライフはもう目の前……って、浮かれてる場合じゃないわね。私の情報網によると、聖王国がこの村に本気で目をつけ始めているわ。ゲームにはなかった巨大な敵だけど、ここまで来たんだもの。私の裏ルートを邪魔するものは、徹底的に排除してやるんだから!」


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次回予告


(旧王国の王子たちが失脚し、ざまぁを完遂したロザリンドが会心の笑みを見せる)

ロザリンド: 「ふふ、ざまぁみろ、王子!ゲーム通りじゃ、こうはならないのよ!」


(聖女リアナが自身の力の使われ方に苦悩し、クロウに助けを求める)

聖女リアナ: 「私の力は、世界を壊すために使われる……?」

クロウ: 「君の力は、君自身のものだ。」


(聖王国の最高司祭が、聖女リアナの確保と『浄化』計画の最終確認を行う)

最高司祭: 「聖女リアナの浄化は、この世界を救うために必要だ!全ては、聖なる計画のために!」


旧王国へのざまぁ、完遂!しかし、聖王国の真の目的が明らかになり、聖女リアナの心が揺らぐ。悪役令嬢の次なる戦いが、今、始まる!次回、『旧王国の終焉、そして聖女の心の揺らぎ』。

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