第2章 目を返す日

─ ナゥバの丘と「まなこの祝日」について ─


トナ村の西側に「ナゥバの丘」と呼ばれる場所がある。

小高く盛り上がったその地は、春になると赤紫の草花で覆われるが、なぜか一度摘んだ花はどの家でもすぐに萎れるため、誰もそれを持ち帰ろうとはしない。


この丘で、年に一度だけ「まなこを返す日」と呼ばれる祭りが開かれる。

その日は村中の子どもたちが、朝になると片目に布を巻いて登校する。学校では特別授業が行われ、目を使わない遊び──音だけで鬼を探す「音狐(おとぎつね)」や、触感だけで果物を当てる「てのひら市」が催される。


午後になると、子どもたちは列になってナゥバの丘を目指す。

その道すがら、通りすがりの大人たちは決まってこう言う。


「その目、ちゃんと返してきなさいよ」

「借りた目に礼は言ったかい?」


子どもたちは首を縦に振る。誰一人ふざけたり、冗談を言ったりしない。


丘の上には、古びた木造の小屋がある。

そこにひとり、目の見えない老婆が住んでいるとされているが、誰もその姿を見たことはない。


子どもたちはその小屋の前に立ち、目隠しを外しながら、順番にこう唱える。


「目を借りて、よく見えました。返します。ありがとうございました」


すると、不思議なことに、その直後から視界が「すっきり」するという。

空気が澄んで、色が鮮やかに感じられ、遠くのものも近くのものも、すべてがくっきり見えるのだと。


だがこの儀式は、目の悪い子や盲目の子どもには行われない。

それどころか、そうした子には別の言葉が与えられる。


「あなたの目は、もう向こうにいる」


この言葉の意味を、誰も深く問いたださない。

ただ、翌日にはいつも通りの日常が戻り、誰もが祭りのことを話さなくなる。


村に伝わる昔話には、こんなものがある。


「むかしむかし、空から降りてきた者たちは、地上のものをよく見たくて人の目を借りました。

けれど地上の子らは、それを怖がらず、見せてあげました。

その礼に、空の者たちは、光る視力と夢を見る力を子に与えたとさ」


ナゥバの丘の花は、夜になると微かに明るくなる。

それを「返された目の光」と呼ぶ者もいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る