祈りを繋ぐもの(1000PV感謝)

和穂ゆう

刹那と永劫

 日の本の神代の頃。

高天原の天照大御神は、地上を治める者として、孫---天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(天と地を和を持って繋ぐ天子の意味。以下ニニギノミコト)---に命を託した。


「葦原の中つ国を鎮め、天の理と地の恵みを結び、永く人々を導きなさい」


ニニギは三種の神器を携え、八百万の神々に見送られて天降った。


彼が最初に降り立ったのは、高千穂の峰。天と地を繋ぐ神として、使命を胸に歩み出した。


やがて、日の光が差す笠沙の岬——そこにて、運命の邂逅が待っていた。


春の風が吹くなか、一人の姫が舞うように歩いていた。

花がほころぶような笑顔、柔らかな声——コノハナサクヤヒメ。


出会った瞬間、ニニギは心を奪われ、告げた。


「あなたに出会った瞬間、この地の美しさの意味を知った。どうか、私の妻となってほしい」


サクヤヒメは瞳を輝かせて笑い、


「まあ……眩しいほどの方。父にお伺いしてから、心を込めてお返事しますわ」


  *


オオヤマツミはその申し出を喜び、ふたりの娘をともに差し出した。


姉・イワナガヒメ——岩のように変わらぬ命、「永劫」を象徴する者。

妹・サクヤヒメ——花のように咲いて散る命、「刹那」を象徴する者。


「この二柱を、共に迎えてくだされ。花の命と岩の命。その両方こそが、地に生きる者にふさわしい」


その言葉を聞きながら、姉妹はそれぞれ、自分が託された祈りの意味を胸に抱いていた。


イワナガは、自らの永劫なる魂の本質が、命に不滅を与えると信じ、

サクヤは、儚くも一瞬を輝かせる刹那の命が、人に生の喜びを教えると感じていた。


どちらも、命に欠かせぬもの。


そして二柱は、ニニギがどちらを選んでも、その選びを支えたいと願っていた。


  *


だがニニギは、その夜深く悩んだ。


与えられたのは単なる婚姻ではない。天と地を繋ぐ者として、命の本質をどう結ぶか、その選びだった。


岩のように永遠に存在する命と、花のように咲いて散る命。


どちらも尊く、どちらも人に必要なもの。


だが彼は、永劫の持つあまりに強い力が、かえって今という瞬間の尊さを忘れさせるのではないかと恐れた。


「永遠を知るには、まず一瞬の輝きを理解しなくてはならないのではないか——」


それが、彼の辿り着いた答えだった。


  *


そのころ、姉妹は共に語らっていた。


イワナガヒメは、妹に向かって優しく言った。


「……あなたの中に咲く光は、見る者の心を照らすわ。だからこそ、未来もきっと導ける」


サクヤヒメは涙ぐみながらも笑った。


「でもね、お姉さま。わたし、あなたのまなざしを見て思ったの。強さって、ただ光ることじゃない。ずっと、揺らがずにそこにあること……それが命の支えなんだって」


イワナガは微笑み、そっと頷いた。


「私たちは、命のふたつのかたち。儚さがあるからこそ、永遠は意味を持ち、永遠があるからこそ、刹那は輝くのよ」


  *


夜明け、ニニギは答えを携えてオオヤマツミのもとに立った。


「私は……コノハナサクヤヒメを妻といたします」


オオヤマツミは問いかける。


「そなたは、永遠を退けるか?」


ニニギは首を振った。


「いいえ。私は『刹那』を選びましたが、それは『永劫』を恐れたからではありません。 むしろ、永遠を正しく理解するには、まず刹那という命の瞬きを、心で知る必要があると気づいたのです。 この一歩をもって、私は永遠の命に近づきます」


  *


サクヤヒメは、選ばれたことを素直に喜んでいた。けれど、心の奥で姉の気持ちに気づいていた。


「ニニギさま……お姉さまの想いも、少しだけ……」


だがイワナガはそっと首を振った。


「わたしは知っています。あの方がなぜ私を選ばなかったかも、どれほど迷ったかも。だからこそ、祈りは変わらぬまま、静かに待ちましょう。……永劫のように」


そう言って、彼女は微笑み、去っていった。


  *


——そして、気が遠くなるような時が流れた。


ニニギとサクヤは幾度も生まれ変わり、出会い、別れ、また巡り合いながら、輪廻を繰り返した。


一瞬の喜び、一夜の別離、一生の契り……すべてを繰り返しながら、二柱は「刹那」の本質を深く理解していった。


その傍らにはいつも、イワナガヒメの姿があった。彼女もまた輪廻の中にありながら、ふたりを見守り続けていた。


  *


ある日、ニニギはふと空を見上げて言った。


「……刹那の輝きは、永劫の海に浮かぶ灯火。どちらも欠けては、命は命たりえない」


サクヤヒメは頷いた。


「わたしたちが出会い、別れ、また巡り合ってきた月日は、刹那を重ねることで永遠を照らしてきた……それが、魂の本当の姿だったのね」


ニニギはそっと彼女に尋ねた。


「今なら、迎えに行けるだろうか。永劫を、真正面から抱きとめるために」


サクヤは微笑み、手を取った。


「行きましょう。わたしたちの永遠の姉様に——」


  *


三柱は、ついに再び相まみえた。


焚き火の前、イワナガはふたりを迎えるように微笑んでいた。


サクヤは言った。


「お姉さま、わたしたち……ようやく気づいたの。刹那と永劫は、どちらも命を形づくる光。そして、ニニギさまはその光を結ぶ役割だったって」


イワナガは頷いた。


「私もまた、祈りを抱き続けたことが、ようやく報われたように思います。……あなたたちを見守ることで、私自身もまた、変わっていったのです」


ニニギはふたりを見つめ、深く頭を下げた。


「私は、あなた方がいたからこそ、命を知り、魂を信じるようになれた。これからは、三柱で見守り、導いていきましょう。天と地の間に生まれる命のすべてを」


三柱は手を重ね、静かに祈りを捧げた。


——それぞれの命に、それぞれの光があるように。


——それぞれの魂に、永遠の祈りが宿るように。


そして、命は、いまも広がっていく。

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