【労働】知らされない価値と、隠された倫理

晋子(しんこ)@思想家・哲学者

私たちの仕事は、どれだけの価値を生んでいるのか?

現代社会には、目に見えない搾取がある。

それは鞭も鎖もない。暴力もない。ただ、「情報」がない。


たとえば、とある発展途上国で採れる鉱物。現地の人々にとっては何の価値もない石ころだった。しかし、ある日それを見た外国人はそれがレアメタルだと気づいた。高性能なスマートフォンや軍事用レーダーに必要不可欠な金属で、数キロで数千万円になる。外国人はその「石ころ」を無料で譲ってもらい、母国で巨万の富を得る。その後、現地の人々がその価値を知ったときには、価格は跳ね上がり、もう「タダ」では譲られなくなる。


これはよくある話である。植民地時代の欧州列強も、現地の資源を「ゴミ」として奪った。知識と情報を持つ者が、持たぬ者から奪う。それを「取引」と呼び、「貿易」と言い換えた。


しかし、この構造は今も、どこか別の形で続いている。


それが、労働市場である。


ある企業が、労働者を雇うとする。雇用主はその仕事の価値をよく知っている。たとえばある営業職は、1件の契約で数百万円の利益をもたらす。優秀な社員が年間何十件も受注すれば、億単位の売上が生まれる。だが、その社員の月給はせいぜい25万円。しかも「誰にでもできる仕事ですよ」「そんなに価値はないです」と言われる。つまり、「価値を知らせずに安く雇う」のだ。


この構造は非常に根深い。「誰でもできる仕事です」「替えはききます」「スキル不要」と刷り込む。労働者は「自分の仕事には大した価値がない」と思わされる。ところが、企業側はその仕事によって膨大な利益を得ている。


これは偶然ではない。意図的な無知の温存であり、情報格差を利用した構造的な搾取である。


ここで考えるべきは、倫理の問題である。


労働者が自分の仕事の価値を知らないのは、怠慢か?

違う。そもそもその情報が開示されていないのだ。給与明細に「あなたの1日の業務は当社に○万円の利益をもたらしました」と書かれることはない。利益率も粗利も知らされない。ビジネスモデルも秘匿されている。労働者は「目の前の仕事」しか見えないようにされている。


一方、雇用主は知っている。知っていながら、「大したことない仕事です」と言う。しかも、それを「賢い経営」と呼ぶ風潮すらある。


これは明らかに嘘である。

そしてその嘘を、構造化し、常態化し、制度の中に溶け込ませている。


経済の自由は、正直な情報の上に成立するべきだ。売買も雇用も、価値を共有した上でこそ「対等な取引」と言える。しかし、価値を知っていながら知らせないならば、それは取引ではなく「操作」であり、「洗脳」であり、「支配」である。


「知らない方が悪い」と言う人もいるだろう。確かに情報を取ろうとする努力は大切だ。しかし、「知らされていない」「隠されている」場合、それは被害者の責任とは言えない。これは個人の無知ではなく、構造的な無知の強制である。


現代の搾取は、暴力によらない。

知識と情報の非対称性によって、人は知らないまま、自分の価値を手放す。


では、この構造における「悪」とは誰か?


それは、「知っていて知らせない者」である。

つまり、雇用主であり、企業であり、システムの側である。


本来、雇用は「等価交換」であるべきだ。

仕事の価値に応じた報酬を支払う。

人の人生の時間と労力を「なるべく安く買い叩く」ことに知恵を絞るのは、倫理に反している。


もちろん、企業も利益を追求する存在である。それ自体は悪ではない。だが、利益の最大化を理由に、人間の尊厳を軽んじてよいわけではない。

相手の無知につけこむことは、商売ではなく欺瞞である。

足元を見て、騙して、搾取することを正当化することは、倫理的な破綻である。


この問題は、すべての労働者に問われている。


「あなたの仕事は、どれだけの価値を生んでいるのか?」


もしその答えを知らされていないなら、あなたは知らされないようにされているかもしれない。


情報を持つ者が、情報を持たない者から利益を奪う構造は、今も生きている。

それに対抗するためには、「価値を知る努力」だけでは足りない。

構造そのものに、倫理の光を当てなければならない。


私たちは知らされない。

だからこそ、知ろうとしなければならない。

そして、知らせない者に対して、「それは倫理に反する」と言える社会にしなければならない。

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