第29話 帰路
結局午前中に井戸子が見つかることはなく、二人は近くにあったホテルに宿泊することにした。
「やっぱりそう簡単には見つかってくれないわね」
「そうだな。まぁもし井戸子が他の住人に見つかってたとしたら今頃町は大騒ぎだっただろうし、うまく身を隠してるんだろう」
「このあと18:24に塩津町着きの船が着くらしい。もう一度外出しようと思うが、行くか?」
「うん。でも船着き場にはカルロが行って。私はまだ調べてない方を調べてみようと思うから」
「そうか。ありがとう」
二人は支度を済ませると余裕をもって18:00頃に宿泊施設を外出した。
*
船着き場にはその船の誘導係とみられるおじいさんが一人、船の到着を待っていた。
「どうも、見ない顔やな。出迎えかな?」
来て早々おじいさんに話しかけられる。
「ええまぁ、そんなところです」
『ぶぉぉぉぉぉん』
大きな音を立てながら船が到着する。
やがて一人二人と船を降りていく乗客。カルロはそれを遠くから眺めていた。カップル、子連れ、一人の者もいたり、様々だった。みんな、ありがとうとだけおじいさんに伝えながら街の影へと消えていく。そんな中遅れてやってきた一人が防止を深々と被りぎこちない足取りで船を降りるのが見える。井戸子……
「……」
彼女だけはおじいさんに何も言わずその場を過ぎようとしていた。その時おじさんから井戸子に声がかかる。
「まさか芦戸井の……」
驚いた顔のおじいさんに必死に知らないふりを決め込む様子の井戸子。よくできた話だろう。
もう少しで仕事が終わるからよかったら家へ来いというおじいさんに井戸子もついて行こうとしている様子だった。
「井戸子」
おじいさんを眺めている井戸子に話しかける。
「え、は?!なんで!?カルロじゃん!」
「悪い。監視するためとかじゃないから安心してくれ」
「いやまぁそんなこと思ってないけど、びっくりしたよこんなところまで来てるなんて」
「俺達もびっくりだよ。お前の故郷がこんな港町でお前があんなに有名人だったなんて」
「あ、やべ。嘘ついてたのバレたか」
「いいんだよ。お前にも理由があったみたいだしな。ただ一つどうしても伝えないといけないことがあってここまで来たんだ」
カルロはスマホで朝比奈に井戸子が見つかった旨のメッセージを入力しながら言った。
「え、まさか……告白?」
「なめんな」
「ですよね」
「単刀直入に言うが、井戸子の身体は明日消えるらしい」
「え……」
なんとも言えない表情をする井戸子に胸を痛める。
「そっか、私本当に消えてしまうんだね。まぁ、正直自分が生きてるのか死んでるのかも気にならないくらい幽霊である時間を楽しめたから、もう消えてしまってもいいのかもしれないな」
井戸子は目から溢れる涙を誤魔化すように上を向く。
「……だが救う方法もある」
「先に言ってよ」
「お前、自分の遺体の場所を知ってるか?」
「遺体の場所?」
「あぁ」
「うーん、知らないな。でも、それをどうするの?」
「遺体に触れれば元に戻る」
「そんな簡単に!?」
「俺も信じられん。それが本当なのかどうかもわからん。しかし朝比奈が入手した情報では、実体化した霊体が遺体に触れることで蘇ったという事例が過去に報告されていたらしい。根拠はないが試してみる価値はある」
「朝比奈さんが……。そっか。私の為にみんな調べてくれてたんだね、ありがとう。でも私、戻れなくてもいいんだ。ずっと後悔はあったんだよ。生き返れるなら生き返りたいなーって思うこともあった。でも、今はなんだかそんな気分じゃないっていうか。私、自分の死因を知ったらきっと生き返ることに抵抗を覚えるんじゃないかなって、直感的にそう思ってる」
「俺はもう知ってるよ。本当の死因。しかしわざわざ都会にまで来て自分の死因を偽ってたってのに自分でもよく知らなかったなんて驚きだ」
「むむ。何で知ってるんだよ」
「それくらい、栄誉ある死に方だったってことだよ。だから俺は、井戸子にもう一度生を楽しんでほしい」
「ははっなにそれ。告白じゃん」
「告白だよ」
「知ってるよバ……は?え、何!?告白?!?カルロ君!?」
「イアンから貰った予備携帯渡しとくから、明日の朝集合するぞ。夕暮れ時だっていうのに、この辺りはさすがに夜が深いし、遺体の場所も分からないんじゃ探してもきりがない。こっちでも色々調べとくから、そっちも頼んだぞ」
「は、はい……」
二人の会話をよそに、おじいさんが仕事を終え、こちらへ歩いてくる。
「じゃあ、また」
「……はい」
二人は各々の帰路についた。
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