第26話 人探し2

「カルロ、このチラシ……」


「ん?花火大会?開催日は”8月30日、山那(やまくに)神社にて”」


「ここ、タイトル”芦戸居 井戸子 祭”」


「朝比奈、俺は夢でも見てるのか?」


「いえ、現実よ。きっと。芦戸居井戸子っていうのは井戸子ちゃんのフルネームね。彼女の為のお祭りなのかしら。まさか彼女はこの港町の神……?」


「いやいや。さすがに飛躍しすぎだ。ここまで大々的にまつられるほどの神様が都会の端っこで俺たち学者に拾われるなんて意味がわからんだろう」


「でも、井戸子ちゃんがカルロたちに打ち明けてた死因は虚偽のものだったんでしょ?生い立ちだって。たまたま都会で出くわしただけでマイホームはこの港町だったかもしれないじゃない?」


「やめろよ」


「こわいんだ?」


「別にそんなんじゃ……」


「被検体が実は神様でしたとか罰当たりだもんねどう考えても」


「いやそんなわけないから本当に。怖くないし……」


カルロはぶつぶつと不貞腐れた様子でその場を離れた。


「あ、ちょっと?写真くらい撮って行きなさいよ!こういうのがあとで重要なカギになるかもしれないわよ!?」


朝比奈は電柱に貼られた花火大会のポスターを数枚程度ぱしゃぱしゃと撮り、カルロの後を追った。



「さすがにこの時間は誰にも会えないかと思ったが」


「そうね。この街の人たちはこんな早朝から釣りしてるのね」


港の船着き場では大勢の男たちが海へ出る準備をしていた。二人が呆然と立ち尽くしていると背後から声をかけられて振り返る。


「あんたたちもしかして観光?」


いかにもな格好をしている漁業組合のおじさんだった。


「え、いや、まぁそんなところです」


「やっぱりかい。こんな時間から珍しいなぁ」


「あれ、でも私たち以外にも人が……」


「あ?あぁさっき帰ってきたんわみんな大体この街の人や。明日の花火大会に向けて帰省してきよるんじゃ。屋台の手伝いとかもあるけぇのぉ」


間違いなく、先ほど見た芦戸居井戸子祭のことだろう。カルロが質問しようとするのを朝比奈が先に割り込む。


「そのことなんですけど。私たち人を探してるんです」


「はぁ。観光かと思ったら人探しかい。こんな朝から船乗って来るなんてなんやおかしいと思ったわ。探しとるっていうのは子どもかい?」


「いえ、あしd……むぐっ!?」


朝比奈の口をカルロが慌てて塞ぐ。


「な、な!?どうしたんやお前さん」


「あし、明日変えるつもりなんですけど!すみません!なんでもないです!僕たち女性を探してまして!ええっと、二十歳くらいの!見ませんでしたでしょうか!?」


口封じを解こうとする朝比奈を必死に抑えながらおじさんに問う。朝比奈の暴走がひと段落したのを見計らうとゆっくりと手を離した。


「ごめん」


「いや、わたしこそ……口が滑って」


「なんね?面白いお二人さんやな。うーん、若いもん言うてもここは島にしては都市にも劣らんような広さを誇る珍しい港町じゃけぇな。老若男女ごまんとおるわ。そのおなごが住んどる場所とか、島の中でも区画が分かればある程度絞れるとは思うが、ほかに情報はないんか?」


当然二十歳の女性を尋ねて答えが返ってくるとは思わない。二人が探しているのはもう既にこの世にいない死人だ。馬鹿正直に名前を言ったところで井戸子の存在が祀られるほど有名なのであれば、その行為は彼らに混乱を招くだけである。


もし井戸子が俺たちより先にこの街に帰って来ていてこの街の日常に馴染んでいるとしていたら、という前提で質問してみようと思う。彼女の名前が花火大会のタイトルになるほど有名なのであれば、井戸子は自分が芦戸居井戸子であることを隠して生活しているはずだと考えた。


朝比奈が先に切り込む。


「特徴はえーっと、黒髪で、真面目そうな子で、服装は……


「めっちゃダサいジャケットを着ていたはずです。おじさんみたいな。それとつばのある帽子を被ってたはずです」


「何やそれじゃあワシらみたいな恰好じゃな。釣りでもしに来たん?」


「まぁ好きだったんだと思います。ただ訳あって……」


「若者ならあれがあるじゃろ。あれや、スマホ言うやつ。電話かけてみんさい」


「それが彼女、アナログ人間っていうやつでスマホ使ってないんですよ」


本当は現代のデバイスの契約審査が死人の名義では通らなかったというのが理由である。


「そうかいまいったなこりゃ」


「げんさん!もうワシら先出るけぇの、早う支度すませて来いよ」


“げん”さん。おじさんの名前だろう。カルロたちの話に呆れていたげんさんにその仲間たちから声がかかる。この感じではもう、彼らから聞き出せる情報は無さそうだった。


「いかん。ワシももう行かんといけんわ。そうじゃな……スマホのマップ見せてみぃ」


「は、はい……」


カルロがスマホを手渡す。


「あの山の方に上がっていく道中の階段をずうっと行って、マップでいうところのこの路地を曲がったら”喫茶ベルディ”っていうのがあるんよ。ここの店主がえらい噂好きの奥さんでのぉ。釣り人の恰好した若い女子なんか上陸してたらすぐに見つけてるはずや。オープンが9時やから行ってみたらえぇ。ワシと話するよりはちゃんとした話聞き出せるはずや。ただこういう町っていうのもあってここら辺の店は結構気まぐれで営業時間が日によって変わったりするから気を付けてな」


そういうとおじさんはその場に降ろしていた大きなカバンを肩に下げ、見つかったらええなと残して船着き場へと向かった。


「カルロ」


「あぁ。ベルディに行ってみよう」

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