第15話 長く愛しい肴
「雨降ってきたね」
パタパタと窓を打つ水の音を聞きながら、二人は未央の家の薄暗いカーペットに横たわる。「電気点けんさいよ」という未央の母の言葉は、慌てて雨宿りに帰ってきた未央と井戸子の頭からはとっくに抜け落ちていた。
「井戸子お姉ちゃん。雨凄いね」
「うん。これじゃあ海も大荒れかな。おっちゃん達も漁には当分は出られんかもね」
「井戸子ちゃんまだ圭介お兄ちゃんのことおっちゃんって呼んでるん?」
「だっておっちゃんやもん。しゃがれた声でむさ苦しくて休日にはパチンコに行くんやで。あれはおっちゃんやわ、うん」
「でも、小絵ちゃんとお付き合いしてるんやよ」
「今はしてへんよ。喧嘩しとるんやって」
「そっかぁ。じゃあただのおっちゃんやね」
未央が遠い目をして答える。小学生とは思えない。
「こらあ、誰がおっちゃんや」
「あ、圭介兄ちゃん」
帰宅した圭介が作業着のアタッチメントを外しながら言う。圭介は未央の従兄である。
「そや。お兄ちゃんや。わしまだ25やでな井戸子と5歳しか変わらんで」
「5歳分おっちゃんや。私まだはたちやから」
「おうおう言っとれ。二十歳を通過した途端……早いぞー」
「ほんますぐ圭介みたいになるんいややわ」
「いやでも経つもんは経つんや。今のうちにはたちを楽しんどけよ」
「圭介兄ちゃん、今のはおっさんやで」
「やかましいわ、未央までほんま」
圭介はぶつぶつ言いながらお風呂場へと姿を消した。
「あ、雨やんで来たから一回帰ろうかな。私ずっといても藤沢さんにも悪いし」
「井戸子お姉ちゃん帰るん?気を付けてよ。雨まだ降るんやろ?」
「へいきへいき。ありがとうな未央ちゃん。私のお母さんも心配するかもしれんから一回帰るわ。おっちゃ……圭介にもよろしく伝えといて」
「わかった。気をつけてな~」
*
「ただいま」
引き戸を開き玄関へ入るとコンクリートの玄関でスニーカーの砂利が擦れる音がこだまする。
「おかえり。雨大丈夫やったの?」
「うん、何とか帰れたよ」
「ほんま気を付けてよ。もうすぐ大学も始まるんやろ?」
「分かってるって。今死んでしもたら私、未練たらたらや。お母さんこそ洗濯もん干しっぱやよ、しっかりしてよ」
「あら、やってしまったわ……」
「私が取り込んどくからお昼ごはん残しとってよ」
「はいはいありがとね。心配せんでも食べたりせんよ」
*
それから雨は一週間ほど続いた。この時期は毎年ゲリラ豪雨に悩まされる。ゲリラ豪雨は梅雨とは違い条件が不規則なため、この時期の天気予報は的中しづらくなるのである。傘を用意していない日に限って大雨が降り、傘を持って出たに日は雨粒一滴も降らないということさえある。雨が降ると波が高くなるため、圭介たち漁業組合の人たちも海へ出られず悩んだことである。
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