2. クソゲーじゃないですか?
――黒い画面のあと、視界が開ける。
森の中だった。そう、また森の中。
樹々は相も変わらず燃え盛り、葉は赤と黒の混ざった灰に変わり、空気は熱で揺れていた。焦げた匂いが鼻腔を突き、呼吸するたびに胸が痛む。
「……えっ、また?」
兄から送られてきた『It all depends on "C"』を起動したばかりの、ただのゲーム初心者の私。
なのに、ログインした瞬間にこの有様。森の中、燃え盛る炎の真ん中に立っている。
何をすればいいのかも分からない。どの方角に走っても焼けて死ぬ。木の枝を掴もうと手を伸ばすと、熱で指先が痛む。どうにか回避操作を試みるが、何をどうしても画面は暗転して、また同じ森に戻された。
「……リスポーン地点って安全じゃないの……?」
再び光に包まれ、また森。また暗転。また森。
五回、十回、十五回――。
絶望は、繰り返すたびに胸の中で膨れ上がった。熱く、痛く、無力感で体が縮こまる。
何回死を重ねても、炎に焼かれる苦しみは薄れてくれない。
「お兄ちゃんの……プレゼント……いや、冗談だよね?」
頭に浮かぶのは、人気ゲーム配信者の兄の顔。
彼は私よりもずっとずっとゲームに詳しい。
でも、私がこんな目に遭うことを知って送ったわけがない。あの人ちょっとシスコンの気があるし。
だったら……これは、単なる運の悪さ?
それとも……皆こんな目に遭うの?
「……運が悪いとかのレベルじゃないんだけど……」
その間も私は焼かれ続ける。次で五十回目の焼死。森で、崖で、火の粉の雨の中で。
なんだか、イライラしてきちゃった。
やっぱり兄には、後で文句を言ってやらないと。
そんなことを考えていたら五十回を達成しちゃったよ。もういいかな。
諦めてログアウトしようとした瞬間、画面が変わった。
そこは、何度も見た黒ではなく、深紅の世界。
灰が漂い、空には赤黒い亀裂が走る。
中央には、炎のように揺らめく影――いや、ちょっと黒いだけでこれも炎なのかも。
その炎が、私を取り囲むように一周したかと思えば、目の前にメッセージが表示された。
《……■■■》
いや、短いな。なにも分からないし。
それに、この炎って私を散々殺した炎ってことでしょ。そう考えたら、手が出そうになってきた。
炎に肉体は無いって? そんなの、関係ない。
今、ここで、ぶん殴ってやる。
「うりゃあああぁぁぁ!」
全身に力を込めて、大きく振りかぶる。
私に纏わりつく薄暗い炎に拳を突っ込むと、当然何もできずにすり抜ける。でも、構わない。
私を敵に回したことを後悔させてやる。
《……■!■!■!》
急に炎が弾けた。
なんで!?ダメージ無いでしょ?
炎の残骸が私の体に飛び散り、溶けるように消えていく。熱くないってことは、倒せたってこと?拳すり抜けたのに?
よく見れば、まわりの景色も最初の森に戻ったみたいだし。
画面にメッセージが浮かぶ。
《注意:プレイヤーは今後、通常職業に就くことができません》
《称号取得:■■■》
「……え? なんかバグった?」
思わず首をかしげた。
普通なら「剣士」とか「魔法使い」とかになれるはずなのに。称号とやらも黒塗りで意味が分からない。
「ま、まあ……ゲームだし? そういう隠し要素的なやつかも」
軽く笑ってみせる。
そうでもしないと、状況がまったく飲み込めないから。
ちょっとだけ冷静になると、あることに気付いた。
私、燃えてなくない?辺り一面火の海なのに、一ダメージも受けてないよ。さっきまでは、十秒もあれば黒焦げだったのに。
「……すご。これって、火でいっぱい死んだから……火が効かなくなったってこと?」
自分で言っておきながら、納得してしまう。
だってゲームだ。現実じゃない。なら、そういう仕様だってことだろう。
「じゃあ、さっきのは普通のイベントだったんだ。ああ、ビックリした」
やっと、マトモにゲームが進められる。
燃えなくなったことだし、取り敢えず森の中でも歩いてみようかな。
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