厄災は少女の顔をしている

翡々翠々

1. ゲームスタート

 その荷物が届いたのは、夕方のことだった。

 玄関のチャイムが鳴り、受け取ったやたら大きな段ボールをリビングに運んだ瞬間、私は嫌な予感を覚えた。宛名は私、差出人は兄。


「……また、余計なことを」


 兄は有名ゲーム配信者だ。ネットで名前を出せば「おお!」とか「マジで!?」と反応が返ってくるくらいには人気があるらしい。私は妹でありながら、その盛り上がりについていけたことが一度もないのだけれど。ゲームの腕はからっきし。子どもの頃に配管工さんを穴に落としすぎて泣いて以来、私のゲーム歴はほぼ止まっている。


 そんな私に、兄はよく「これ面白いから」とソフトを押し付けてくるのだ。

 どうやら今回も、その一つらしい。まったく、お金持ちだこと。


 箱を開けると、中には新作のVRMMOのパッケージと、専用の軽量型デバイスが収まっていた。つい最近、兄の配信で見たタイトルが目に飛び込む。


『It all depends on "C"』


「……あー、やっぱり。これ、今めちゃくちゃ流行ってるやつじゃん」


 兄が実況していたのをチラッと見ただけだから詳しいことは分からないが、「世界が広い」だとか「自由度が高い」と散々褒めていたのは覚えている。視聴者も大盛り上がりだったらしい。


 添えられたメッセージカードには、兄のふざけた文字が踊っていた。


『記念にやってみろ! 配信では言わないから安心しろ!』


「……やらないって選択肢、無いんだね」


 諦め半分でため息をつきつつ、せっかくだからとセットアップを開始する。

 思ったより装着感は軽く、起動音も小さくて清潔感があった。あの兄が薦めるだけのことはある。






 意識がゆっくりと沈み、光に包まれた。

 次に目を開けると、私は真っ白な空間に立っていた。いわゆるキャラメイク画面だろうか。


 目の前に浮かぶウィンドウには「性別」「髪型」「体格」など、いかにもな項目が並んでいる。


「うーん……こういうのって、みんな凝るんだろうけど」


 私は初心者だ。それも、超が三つぐらいつく程の。凝ったキャラを作る技術もセンスもない。適当にボタンをいじりながら、最終的に現実の自分とほとんど変わらない少女キャラが完成した。せっかくだから髪の色だけでも変えとこうかな。


「……まあ、これでいいや」


 名前は無難に、「ホープ」。本名が和澤わざわ祈実いのみだから。

 決定ボタンを押すと、視界が一気に切り替わる。






 目の前に広がっていたのは、深い森だった。

 背の高い木々が陽の光を遮り、柔らかな土の匂いが鼻をくすぐる。鳥のさえずりや風の音まで再現されていて、思わず息をのむ。


「すご……ほんとにゲームなの、これ?」


 見渡す限り、リアルそのものだ。

 感覚も鮮明すぎて、ゲーム初心者の私には少し怖いくらいだった。


「えっと……まずは動いてみればいいのかな」


 おそるおそる一歩目を踏み出した、その時だった。


 ごぉぉぉぉ……!


 空気を裂くような轟音。さっきまでさえずっていた鳥たちが一斉に飛び立ち、風が熱を帯びる。遠くの木々が赤く染まり、炎が燃え広がっていくのが見えた。


「えっ……? ちょ、待って待って!?」


 理解するよりも早く、炎は森を舐め尽くしてこちらに迫ってきた。

 木が爆ぜ、枝が落ち、地面を覆う草が火の波に飲まれていく。

 どの方向に逃げても、炎が追いついてくる。私は、ただ必死に走ることしかできなかった。


 けれど、現実の私の足は遅く、ゲーム内の私も例外ではなかった。


「いやっ――!」


 炎が視界を覆い、痛みと熱が全身を焼き尽くす。

 次の瞬間、視界は真っ黒に塗りつぶされた。


 表示されたのは、短いシステムメッセージ。


《死亡しました》


 私は、ゲーム開始一分で初めての死を迎えた。

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