32.教会の牢獄

 議会の執務室の扉が叩かれる。机の前に座るゾリカエリー議長のもとに、来客があったのだ。


「入るぞよ」


 扉を開けて入ったのはグレースであった。


「失礼します、ゾリカエリー様。挙式の予定についてお話ししたく参じました」

「明日だったな」


 ゾリカエリーは机上の書簡に目を落としたまま応じる。


「はい。教会側は準備を整え、戒厳令下ゆえ参列者も絞られております」

「お前は……すまぬな。国の事情に巻き込んで」


 ゾリカエリーの視線が上がる。


「異論はございません、ゾリカエリー様。私は与えられた使命を果たすのみです、この国の議会をより強固にするために――」


 グレースは用意されたような口上を述べる。

 ゾリカエリーは、グレースと初めて会った時のことを覚えている。

『――お前のせいで!』

 彼は、仇を見る目で見ていた。彼を引き取り教育していくうちに、革命は必要なことだったと理解してもらえたと思っていた。授与式が襲撃された時、弟フン・コロに言われた警告を思い出す。

 いわく、グレースは革命を起こそうとしているらしい。

(……いや、裏切るはずがない。これは、ワシが取り付けた結婚だ。ワシに従い結婚しする程忠誠心があるグレースが裏切るなど)


「……よい。私は明日の明け方に向かう。滞りなく務めを果たせ」

「はっ」


 グレースは退席し、部屋にはまた静寂が戻る。ゾリカエリーは深く息を吐き、胸の内にある不安を打ち消すため机上の書簡に視線を戻した。


――――――

 

 この国の教会の本部は広く、いくつもの建物が連なっている。その一つ、監獄塔の最上階にある狭い独房の格子窓から、俺は今にも雨が降りそうな曇り空を睨みつけていた。


「……この窓、殴れば壊せるな」


 実際にそんなことするつもりはない。脱獄したら面倒なことになる。出来るかどうかとやりたいかどうかでは、大きく差があるのだ。

 そんなことを考えていると、重い扉が開く音がする。


「よお、元気してっか? 牢屋暮らしの”戦友”さんよ」


 顔をのぞかせたのはバルモッカだった。

 手に紙袋をぶら下げながらニヤついている。


「……なんだ、お前か……」

「なんだとはなんだ。お土産を持ってきてやったんだぞ」


 紙袋から取り出したのは『人生大逆転ゲーム』と書かれたボードゲームだ。


「牢屋の中は退屈だと思ってよ」

「ここは房なんだが」

「……まあいいだろ。いくつか話したいことがあんだよ」


 彼は牢の前に腰を下ろし、紙袋からリンゴを取り出してかじり始める。


「そっちを俺にくれよ。牢の飯は不味いんだ」

「やだよ。これは俺のもんだ」


 リンゴをごくりと飲み込み、バルモッカは話し始める。


「ビジネスは順調だぜ。マルチダは一般人を多数巻き込んで集会を開いているし、ルピーはもう少しで船を買えるって言ってる」

「おい、ここは教会の牢だぞ。聞かれちゃまずいだろ」

「問題ねえ、教会は『世界は平面』って言ってるのを怒ってるだけで、ビジネスそのものには無関心だよ」


 扉の前にいる看守に目をやると、興味なさげな顔で爪をいじっている。そういうもんか。


「マルチダがよ、一般人がビジネスを始めるにあたって身分を知られたくないんだと悩んでいる」

「適当に仮面でもかぶればいいだろ。にしても、そこまでデカくなったか」

「ああ……そろそろ組織名が欲しいって言ってるぜ」

「それについては……考えておく」


 バルモッカはリンゴをもう一口かじって、飲み込みながら声を落とした。


「それと……なんでも、”革命”を企てている奴がいるらしい」

「そりゃ、戒厳令が出てるんだろう?」

「まあ、そうだが……というか、お前が捕えられている表向きの理由の一つもそれだ。怪しまれてるんだぞ。……そんな話をしたいんじゃない、何でも、マジで革命を起こしたがってる奴がいるらしい」


 俺は眉を顰める。


「なんで……てか、それ何処の情報だよ」

「マルチダが聞いたらしい。お前の作った組織、想像上にデカくなってるからな」

「ふうん……で、誰が革命を起こすつもりなんだ?」

「それが、意外なんだけどよ……」


 俺のそばに寄って、もっと声を低くする。


「……教会だよ」

「……それのどこが意外なんだよ。元々、教会は今の議会を嫌ってるんだろ?」


 教会は歴史ある組織だ。新参者のゾリカエリー議長の作る新しい体制はお気に召さないらしい。

 いや、そうだとしたら、ある疑問が残る。


「……じゃあ、なんで教会は俺を捕まえたんだ? 本当に革命を起こしたいのなら、俺はちょうどいい身代わりスケープゴートになるだろ」

「な、そうだろ? いくら教義に反してるからって、今ダイチを捕まえるのは教会にとって都合が悪いはずだ。濡れ衣を着せられるからな」

「ならなぜ……」

「教会は、革命をした後の事しか考えてないんだ。成功した後、『英雄を騙る者』は邪魔になる。なんせ、教会がしようとしていることは『王家英雄の復権』だからな。だから、褒賞が与えられることを認められなかった」

「すごい自信だな」

「ああ。教会の戦力を見ても海兵団に勝てるとは思えないが……理由があるんだろ」

 

 バルモッカの声色は明るいが、言ってることはとことん物騒だ。この国がこれから内戦状態になると言ってるんだ。

 彼はにやりとしながら立ち上がる。

 

「とにかく、明日だ。明日ここで革命のため蜂起するらしい。お前も巻き込まれんなよ!」


 彼はそう言って鉄扉から出ていこうとする……と、扉の前にいる看守と目が合った。


「あ……今のは、聞かなかったことにしてくれ」

「……革命が実行される明日まで、あなたの身柄を拘束します。従ってくれますね」


 看守はそう言って、バルモッカに縄をかけた。「あ~やっちまった~」という声がどんどん遠くなっていった。


 独房はまた静かになる……と思ったが、また扉は開かれた。


「ダイチ、さん……今の話、本当、ですか?」


 現れたのはノノリカだった。


「ノノリカか。何の用だ?」


 ノノリカには魔術の授業をしてもらったが、正直そんなに関わりがない。来るならヒトミとかそこらへんだと思っていた。


「たまたま……です。偶然、教会に用事があって……そこで、ダイチさんが捕まってることを思い出して……それで、面会を申し入れたんです」

「教会に用事って、なんかあったのか?」

「私も、少し疑っていたんです、教会の事……。やっぱり、革命しようとしてたんですね。杞憂じゃなかったんだ……」


 ノノリカは、唇を噛みながら、顔を上げ、しっかりこちらを見据える。


「……ファスタちゃん、結婚するんです。相手は、海兵団のグレースです」

「……そうか。それは、ファスタのなのか?」

「いや……私には、よくわかってないです。これから、屋敷に行って聞いてきます……。とにかく、問題なのはその日程で……明日なんです。明日、ここで挙式を挙げる予定なんです」

「なんと、革命蜂起と同じ時間だ」

「……挙式には、フン・ゾリカエリー議長も参列されます。革命には、すごく、都合がいいんです」


 確かにそうだ。倒すべき敵が、わざわざ本拠地に来てくれるようなものだ。

 それに、グレースなら一人で海兵団を相手に取れる。


「えっと、ですね。つまり……グレースは、ファスタとの結婚を利用して、ゾリカエリー議長を呼んだんだと思います」


 ノノリカの声は震えていた。信じたくもないような現実が、目前に迫っているのだ。


「……私は、この結婚を止めないといけません。これからファスタちゃんの屋敷に行って、説得してきます」


 ノノリカはそう言って、踵を返そうとする。


「ノノリカ」

「な、なんですか?」

「もし俺にできることがあるのなら言ってくれ。手を貸そう」

「……牢の中から出来ることなんて、無いですよ」


 彼女は目を伏せる。

 

「大事なのは、出来るかどうかじゃないだろ。やりたいかどうかだ」

「……それは、世界をなめすぎです。ダイチさんは、その牢から脱出できてないじゃないですか」

「違うな。俺は、脱出しようとしてないからな。殴れば壊せる」

「何が違うんです。脱出できない理由が、物理的か、社会的かの違いだけですよね」

「いや、違う。俺が『納得しているか』どうかだ」

「はあ……そもそも、殴って解決出来る問題でもないですし……」

 

 ノノリカは呆れたといった顔をして、扉を開く。


「えっと……それでは……」


 小さな猫背の背中が扉の奥に消える。

 格子窓から見える雨雲は黒く、ぽつぽつと雨は降り始めていた。

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