31.女の役割
褒賞授与式から二週間が経って、ようやくファスタの目は覚めた。
これまで「守れなかった」と自分を責め続けていたミトは、心から安堵したようでファスタに頭を撫でられながら一日中泣いていた。
戒厳令が敷かれて、コモスポートにはどんよりした空気が立ち込めている。それも、仕方がないことだと思う。なんせ国の中枢である議会の役人が多数出席する授与式が襲撃されたのだから。国は、首謀者の情報を未だ掴めずにいるらしい。
「そんな時にも、ルミマール商会には仕事がたくさんあるのね……」
私――ヒトミは、ルミマール家の屋敷で事務作業を行っている。いつもは商会の店舗で仕事をしているが、今は戒厳令下で店舗には客が来ないわけで、在宅業務になっている。
……ファスタが目を覚ましてから一週間ほど経ったが、目を覚ました時に面会したきり、会えてない。何だか最近忙しそうにしている。二週間も眠っていたのだから、もっと安静にした方がいいと思うんだけど……そうはいかないのだろう。……私の服の襟には、ファスタにプレゼントしてもらったライラックのブローチを飾っている。これのおかげで、会えなくともファスタ達が近くにいるって思える。ちょっと心強い。
ファスタが王族の血を引いている事は、まだ誰にも伝えていない。きっと、ファスタ自身も知らない。父親、アウルスさんは……知っているかもしれないけど。もしアウルスさんが知っていたとして、ファスタにも伝えていない隠し事を、私がどうこうする事は出来ない。
私は帳簿を抱えながら屋敷の廊下を歩く。その時、執務室の扉から声が漏れ聞こえる。
「――挙式は明後日だ。戒厳令下故に内々で実施することとなった。議長閣下も臨席なさる……無礼のないように――」
……心臓が跳ねる。この声は、アウルスさんだ。挙式って……。一体誰の――心当たりがあるのは、一人だけ。
「――娘の体調も持ち直した。この屋敷の者には内密に……混乱を招きかねん。特に、ファスタの友人達には」
ああ、やっぱりそう、ファスタの結婚の話。
いずれはこうなるって思っていた。思っていたけど……明後日って、どうして、そんなに早く……。
「戒厳令下故に、不足がないよう教会には前日入りする事になる。くれぐれも内密に手配せよ」
「はっ」
……まずい、会話が終わってしまった……! 扉の向こうから足音が近づいている! このまま扉が開いてしまえば私が聞き耳を立てていたことがバレて――「ヒトミ……」
アウルスさんの声だ……。
「……盗み聞きしてすみません」
「やはり、聞いていたか……。まあ、よい。こちらが警戒を怠ったというだけだ」
「じゃあ、結婚の話は……」
「本当だ」
アウルスさんは、私の目をまっすぐ捉える。
「ファスタは明後日、グレースと結婚する」
「ファスタの意志は」
「認めてくれたよ」
強く確信を込めた声だ。
「……アウルスさんは、ファスタを愛しているんですよね」
「ああ、愛しているとも」
「ファスタが貴方に憧れてること、ファスタが結婚を望んでないことも知っている」
「もちろん、何度も直接言われた」
「なら、何で……何でファスタを政略結婚の道具に出来るんです……!」
私は、ついカッとなって言い放ってしまった。雇い主にこんな事、するべきじゃ無いのに。
けど、アウルスさんは淡々と、私を宥めるように答える。
「……きっと、ミトも同じことを言うだろう。それでも、私はファスタを結婚させるだろう」
「何故――」
「三度。ファスタが、盗賊団『暗雲の蛇』に襲われた回数だ。最後のは個人を狙った者で無いにしても……ファスタは身柄を狙われている。何でかわかるか?」
「……ファスタに、利用価値があるから」
「そうだ。『政治的な利用価値』があるから、襲撃された。ファスタの利用価値……それは、“どの派閥にも属さない”組織の“未婚の一人娘”である事だ。ルミマール商会を脅したり、純血を奪い既成事実を作ったり……とにかく、ファスタには大きな利用価値がある。それ故に、狙われた。私はそう考えている」
「だから、ファスタの価値を下げるために結婚を……」
「そうだ。商会の一人娘ではなく海兵の妻となれば、利用価値もぐんと下がるだろう」
意外だった。私はてっきり、商会の繁栄の為に血も涙もない結婚をさせられるのだと思っていた。
「きっとわかってはくれぬだろうが……私は、ファスタを愛している。ただ、安全に暮らして欲しい……その一心で、結婚を取り付けたのだ。ファスタの幸せになると願って」
「……」
私は、何も言えなかった。ファスタは、きっとまだ商人に憧れているだろう。でも、アウルスさんの考えもまた、間違っていない。そう、決めつける権利は、私にあるだろうか……。
「……ファスタと話に行っても、いいですか」
「……いいだろう。友人として、話してあげて欲しい」
――――――
「ファスタ!」
「あら、ヒトミさん……お久しぶりですわね」
ファスタはいつもより体調が悪そうな顔でベッドに横になっていた。横ではミトが心配そうにファスタを見つめている。いつもならふんすと鼻息を鳴らしながら腕を組んでいただろうに。
「ねえ……結婚するって、ほんと?」
「んな!?」
私はファスタに聞いたんだけど、横で聞いていたミトの方が大きな声を出す。
「そ、そんなはずありません! ですよね、ファスタ様!」
「ねえ、ミト。病人の前で大声だしちゃダメよ」
「ああ、すみません、ファスタ様!」
あわあわとするミトを横目に、ファスタはむくりと上体を起こし、私を見る。
「……ええ、私は明後日、グレース様と結婚致します」
「なななっ!?」
やっぱり大きな声を上げたのはミトだ。
「ファスタ様! 女は男と言いなりにならなければならないと言う事はないのです! 女の役割などと言うのは、遠い過去のものなのです!」
信じられないといった様相で声を上げるが、ファスタは微笑を浮かべたまま静かに首を横に振る。
「ミト……私は、進んでこの道を選んだのですわ。……私は、気を失って、お父様を悲しませてしまいました。もう二度と、このようなことが無いように、私は自ら進んで女となり、女の役割を全うします」
「何故、そのように……!」
「
胸がずきりと痛む。ずっとまっすぐ商人になりたいと言っていたのに。
「……ねえファスタ。あなたは、もう商人になりたいとは思ってないの?」
ファスタは私の方に顔を見上げ、寂しげに目を細める。
「……紫の、ライラックのブローチ。ヒトミさんが送ってくださった、商人の証。私はそれを、無くしてしまいました。おそらく、授与式の騒動の時に……」
彼女は声を震わせる。
「私にはもう、商人を目指す資格など、無いのです」
「……そう」
そう断言されたら、私は言葉に詰まってしまう。今にも泣きそうなファスタを見るに、決死の覚悟で夢を諦めたんだ。
「グレースさんが優しい人だといいね……」
私には、そんなことしか言えなかった。
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