第37話 二人の思い

「どうなさいました?」

 年齢は二十歳前後位だろうか、栗色の短い髪から覗く目は、スチューザン人のそれであり、海は呼び止められた理由が皆目見当が付かず反応に困っていたが、向こうがそれを察して自己紹介をしてくれた。

「初めまして、私はマリーと申します」

「こちらこそ初めまして、秋川ですご丁寧にどうも」

「ふふっ軍人さんらしくないですね」

「さようですか?」

「ふふ、申し訳ございません」

 海は年下にからかわれるのもどうなのかとは思ったが、幸せそうに笑っている姿に怒る気が湧いてこなかった。

「伝え忘れた事がございまして」

「えっ何でしょう」

 身構える海にマリーは笑いをこらえながら「少佐のベッドは交換しなければなりませんので、今日は別の部屋でお休みください」と言った。

「移動ならやりますよ」という海に対してマリーは「少佐はせっかく入浴したのだしこちらにお任せください」と言って譲らなかった。

 しばらく問答が続くも海が折れて「お部屋はどちらへ」と切り出すと、マリーはにこやかに案内してくれた。

「こちらです」

 開かれたトビラの奥には、かなり大きな屋根付きベッドが置いてあり、アンティークのような家具を見ても将官クラス、いやそれ以上の人が泊まる部屋だというのが容易に想像できた。

「何か……間違ってはおりませんか?」

 海の呆けた質問にマリーはやっぱりそう思うよねっと顔の表情で答えてはいたのだが「こちらで、間違いございません」と言い切って、海を部屋の中に押しやる。

 バタン

 背後でトビラの閉まる音が響くと海は頭を抱えてしまった。

(うーん、困ったなぁ)

 物珍し気に周囲を観察してみる。

(高そうな調度品だよなぁ)

 出してもいない手を引っ込める。

「下手に引き出しを開けて壊したら国際問題になってしまうかも」

 ベッドに近づき、シーツに軽く触れると今まで触ったことのない滑らかな感覚が伝わってきた。

(これはこれで寝にくそうだが……)

「ここで寝ても、いいん……だよ……な」

 おそるおそるベッドに腰を掛け、えいやーっと勢いをつけてベッドに寝ころんだ。

「すごいな」

 ベッドはまるで水の上に浮かんでいるような錯覚を与えるほど、程よい沈み込みで海を包みこんだ。

 上を向くと、ベッドの屋根を幾何学模様で覆いつくしてあり、その模様に不思議な感動を受けた。

「なんだか落ち着かない……」

 カーテン越しに見る外は、すっかりと闇に閉ざされ光が侵入してくる気配すらない。

 段々とまぶたが閉じる雰囲気になったころ、トビラの開く音が耳に届いた。

「?」

(誰か来たのだろうか)

 海がゆっくりと体を起こすと、そのまま固まった。

 そこには、マーガレットが驚きながら立ち尽くしていた。

「え?」

 お互い状況を理解できないまま、数分が過ぎ、思考回路が復帰した海は慌ててベッドから滑り降りる。

「どうなってるんですか? 私はマリーさんへ今日はこちらで寝るようにと……」

 その言葉を聞いてマーガレットは何となく理解したらしく「マリーは我が家のメイドです」と困ったようにいった。

「そう……ですか……」

「……はい……」

 すこしの沈黙の後。

「あの」

「あの」

 言葉のタイミングが重なり、二人は俯き押し黙った。

「秋川さん……」

「マーガレットさん……」

 マーガレットは海の隣に腰を掛け、緊張気味にはにかんだ。

「三上さんの件はお伺いしております」

「いいヤツだったんですけれども、いいヤツ過ぎましたね」

 海は視線を天井にあげて寂しそうに笑うと、マーガレットは腕の伸ばして海の手のひらの上に自らの手を乗せて慰めた。

 その後しばらくの間していた、取り留めもない話が尽きたその時、マーガレットは意を決して海に話を切り出した。

「ツェッペリン、とうとう来てしまいました」

「三上の仇を討ちこみたかったのですが、暁星が間に合わなかったので……」

 マーガレットの寂し気な顔を見て、海は先ほどとは逆にマーガレットの手の上に自分の手をすえて慰めた。

「明日は、魔法障壁を破壊するために攻撃いたします」

「え?」

 突然の発言に海は我を忘れて聞き返した。

「そう……ですよね……私のような未熟者が……おかしいですよね……」

「いえ、そうではなく、他にいなかったのですか? 何なら私めが……」

「ありがとう、秋川さんは優しいのですね。 でもいいのです、私が決めた事、貴族として、そして人として……」

 そこまで言うと、マーガレットの目には潤み始めた。

「……」

 海はマーガレットが小刻みに震えていることに今更ながら気が付いた。

 マーガレットを両腕で抱くと、マーガレットの両腕も海の背中に回ってきた。

「秋川さん、怖いです……」

 今まで必死に耐えてきたのだろう、涙と共にマーガレットが抑えてきた感情があふれだしてきた。

(父親が生きていたらこんな重荷を背負うことは無かっただろうに……)

 海は泣きじゃくるマーガレットの背中を優しく撫で続けた。

 しばらくして、マーガレットが落ち着きを取り戻すと、海は体を離して、マーガレットの顎に手を差し伸べた。

 マーガレットは一瞬戸惑うも、すぐに微笑みに変わりゆっくりと目を閉じた。

 二人の唇がしばらくの間交わう。

「秋川さん……勇気を……ください。 臆病な私に……勇気をください」

 再び唇が交わうと、初めてであり最後である時間がゆっくりと刻み始めた。

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