第24話 さらばワイド島
明くる日。
「秋川大尉、至急出頭との事です」
伝令兵が部屋の前から大声でがなり立て、周囲の目線が海に集まる。
昨日の爆撃で使用できない部屋が出た分、使える部屋にみな押し込まれたのもあっていつもより一層集まる目線が多い。
「出頭先は?」
「ハッ、長屋洞窟であります」
兵は右手でビシッと敬礼をして答えた。
「長屋洞窟か」
長屋洞窟とは、爆撃対策のため地面を掘って作った司令部の事で、トビラも何もなく声が筒抜けのため、誰それとなく付けられたあだ名である。
「ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃい」
部屋を出ると伝令兵はすでにそこに無く、あらかじめ情報を仕入れておこうと思った海にとって、軽い肩透かしを食らった。
長屋に到着すると、入り口には厳つい警備兵が直立しており、兵に声をかける。
「秋川だ、呼ばれて来た」
兵は海にチラッと目をやり、「お通りください」といって道を開けた。
中へ進むと、左端の部屋の前に綺麗な軍服を着た男性が立っており、こちらに気が付くと視線で海の事を呼んだ。
海が早足で近づくと、中には基地司令の塚河中将を始め機動部隊指令の大澤中将、参謀の源口大佐他錚々たるメンバーが集まっていた。
さすがの海も顔ぶれに圧倒され中に入るのを躊躇していると、先ほどの軍服の男性が、こちらの思いを察したのか、肩を軽く叩いて「秋川大尉、到着しました」と声をかけてくれた。
一斉に視線がこちらに集まる。
「うっ」
覚悟を決めてゆっくり中へ踏み込み、素早く敬礼を行った。
「秋川参りました」
入り口に扇風機があるものの、洞窟の中は湿気が凄く、まるで蒸し風呂の様な状態で緊張も重なり、体中の毛穴という毛穴から湧き出しているのを、汗が体を伝う感覚で知ることができた。
しばしの沈黙が流れ......。
「秋川大尉、スチューザンの要請で、再び君たち独立飛行隊に移動してもらうこととなった」
「はっ」
周囲の顔を伺うと、一堂に仕方がないという顔をしていた。
「出立は三日後」
「それで、移動先は......」
海は恐る恐る尋ねた。
「スチューザンの空母、パーセフォニ―との事だ」
「パーセフォニ―?」
訝しむ海を尻目に塚河は言葉を続けた。
「何でも、商船を改造した艦との事だ」
「自分が搭乗しております暁星で発着艦可能でありますか?」
「わからない、が、メリアンからの護衛空母のレントリースが締結され一旦凍結された船が、連日のBボートによる攻撃で沈められた艦の補充で白羽の矢が立って着工したとのことだ」
(分からないのは困った)
海は頭の中でスチューザンの改造空母でカタパルトを備え付けている艦があるのか思考を巡らした。
「場所はクラウド湾である」
「了解いたしました」
「うむ」
「では、失礼いたします」
(三日後かぁ、急だな)
海は頭を抱えながら宿舎へ戻った。
「あ、お帰りなさい」
スカーレットがチラリとこちらに視線を飛ばした。
「移動だ、出立は三日後」
「急だなぁ」
「どこに行くの?」
「北のクラウド湾だ」
「遠いねぇ」
スカーレットが愚痴めいた感想を吐くと同時にゆっくりと体を起こす。
「やる事やらないと......時間がない」
その後もぶつくさと文句を吐きつつ部屋を出ていった。
入れ替わりにダリーと夏子、潤太郎が息せき切って入って来る。
「スカーレットさんが言っていたことは本当ですか」
「移動の事か?」
「はい」
「ああ、本当だ、俺もついさっき聞いた」
ダリーはため息をつきつつ言葉を続けた。
「それで、何時、何処に移動ですか」
「三日後出発のクラウド湾だ、そこで空母に搭乗するとの事だ」
「そう、です......か」
「急な話で申し訳ないがスチューザン側の要請との事だ」
「せっかく落ち着いたと思いましたのに、残念ですわ」
「......新しい友達にお別れをしてこないと」
その後、佐那とミア、ケイトにも伝えて、いそいそと部屋を出た。
三上に声をかけようと部屋の前まで来るとそこにはかつての荻野隊長が椅子に腰かけて佇んでいた。
「荻野隊長、お久しぶりです」
海のはじける声に対し、荻野は生気なく顔を上げてこちらを見た。
その目は心ここにあらずと訴えており、以前の面倒見がいい温かい目とは似ても似つかなかった。
「......ああ、秋川か」
(何があったんだろう)
「大丈夫だ、気にするな」
心配そうな海の顔を見て、荻野は海が口を開く前に機転を制して口を封じた。
その後、海が声をかけようとするも、荻野は寂し気に微笑んで会話を拒んだ。
(とても話せる状況ではない)
思考能力を大いに削られていることに気付くのにしばらく時がかかるほど、海は衝撃を受けた。
「私は、三日後にここから移動であります」
荻野は、感情を見せる事なしに「そうか、がんばれよ」と答えた。
寂しさ、悲しさ、思い出が入り混じった感情が海の中に溢れてきた。
「それでは、失礼いたします」
自分の宿舎に戻ると、荷物整理もほっぽりだしてベッドに身を投げた。
(三上が以前、隊長が生きていると言っていたが......あの状態では......)
「隊長、支度はしなくて大丈夫ですか」
「あ、うん」
ダリーの声掛けに生返事を返す。
「海さん......」
心配そうにのぞき込むミアを尻目に、海は右手で目を覆い隠し、静かに目を閉じた。
閉じることで現実から逃れようとしたという方が正しいかもしれない。
出発の日
前日に降り注いだ雨は、あふれんばかりの朝もやとなって、辺り一面に覆いかぶさっている。
海たちの周囲では、整備兵たちが最後の調整を入念に行っていた。
「今日は、晴れてよかったな」
「本当ですね」
佐那は、海の爽やかな声につられて笑顔で返した。
「みんな、準備はいいか?」
あの後、現実を忘れようとしたのだろうか自分でも理解しがたいが、時が経つのを忘れるほどに整理に没頭し、当日を迎えることになった。
「大丈夫だ」
「OKです」
「おう」
みな、思い思いの表現で、準備万端を伝えてきた。
時計を見やると、時刻午前六時を示していた。
「さて、それでは......」
「おうい、待ってくれぇ」
海が愛騎に搭乗しようとした矢先に、遠くから引き留める声が聞こえた。
「霧でよく見えないな」
「そうですね」
声の主は、視野で顔を確認できる距離までかけてきて、そこでやっと三上だという事に気付いた。
「はあ、はあ、はあ」
「大丈夫か? 風邪でもひいたのか」
いつもの声ではない。
「はあ、はあ、大丈夫だ」
海は三上の呼吸が整うのを待った。
「ふう、済まねえな」
「気にするなって」
お互い軽く微笑むと、どちらともなく話し出した。
「挨拶に行けなくてゴメンな」
「いや、それはいい」
三上は顔をこわばらせ言葉を続ける。
「秋川、お前荻野隊長に会ったんだって」
「ああ......ちょっと待ってくれ」
「おう」
三上に声をかけると、離陸待機している仲間へ「ちょっとだけ話があるから十分時間をくれ」と声をかけ、声が聞こえない位に距離を取り、今度は海から質問をかけた。
「会ったさ、隊長明らかにおかしかったが、どうしてああなったんだ」
「隊長が、戦死通知が出されたことは前に話したよな」
「ああ、確か葬式まであげちまったとか」
三上の話を思い出しながら手探りで会話を繋げる。
「それだ、翔陽海軍としては、戦死扱いにした者が生きていては困ると、ここの指令部に話が来ているらしい」
「本国からか?」
「ああ、そうだ」
二人とも、お互いに顔をこわばらせ、しばらく沈黙した。
「それで、隊長はあんなような、魂が抜けたような状態なんだな」
「恐らくな、自分がそうなると考えると、かなり厳しいよな」
「ああ、そうだな」
海はため息をついて三上を見る。
「どうにかならないのか」
「なかなか、こればっかりは」
三上は首を大げさに振って目を閉じた。
「航空騎乗りで話を聞いた人間は、明日は我が身と反発している者も数多くいるんだが、如何せん相手が相手だ」
三上は視線を落とし小さく呟いた。
「どうしようもない......」
いまいち話がストンと胸の中に入ってこない海に対し、三上は真っ赤になった目を悟られないように隠しながら「悪いな、時間を取らせちまって」と涙声を無理やり明るく変化させて口に出した。
「何かあったら連絡をくれ、出来るだけ力になる」
「秋川......ありがとう」
こんなに気落ちした三上を見るのは初めてかもしれない。
「みんな、待たせてごめん」
出発を延ばされた面々は、一か所に固まって何やら世間話をしているようだった。
「もう、大丈夫なのか」
潤太郎は海を見上げて聞いて来た。
「大丈夫だ」
海は微笑みながら、頭をクシャクシャっと撫でた。
「えっ」
「潤太郎は優しいな、顔に心配だって書いてあるぞ」
潤太郎は両手で顔を二、三度撫で、その後胸の前に両手を並べ困ったように眺めた。
「わはははは」
みなの笑いが霧の中にこだました。
「さて、出発だ」
「オー」
勇ましい掛け声とともに、各々自分の愛騎に跨る。
カチャカチャとベルトを締める音が鳴り始めると、海はミアに声をかけた。
「ミア、上手く乗れてるか」
「うんしょ、大丈夫」
後ろから金具の掠れる鳴き声が聞こえなくなった時、海は自分のベルトを締めていないことに気が付いた。
(やば、忘れてた)
海は素早くベルトを装着し、振り返った。
「隊長、ベルト忘れるところでしたよ」
ダリーの冗談に海は笑いながら「ミアを気にしていたんでね」と答えるも「隊長さん、人のせいにしてはダメですよ」と佐那に追撃を喰らった。
「はは、気を取り直して」
「準備はいいか」
「おい、スカーレット――それ俺のセリフ」
「はは、気にするな」
「しゅっぱーつ」
「ケイトも、人のセリフを取るなぁ」
発動機に点火をし、魔導量を徐々に増やしていくと、ゆっくりとそして徐々に加速して霧を切り裂きつつ進んでゆく。
帽子を振る整備兵に紛れ、三上が手を振っているのが視野に入った。
水分を含んだ空気がほほを撫でていく。
「秋川騎、離陸します」
騎体が浮き上がると同時に基地に無線で報告する。
「総員、高度を稼ぐために旋回をする」
名残惜し気に五・六回旋回をすると、北に向け針路を取った。
(さようなら、ワイド島)
(さようなら、荻野隊長、三上)
(さようなら、戦友たち)
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