第23話 スチューザンとの取引

 夕刻、改めて三上へお礼を兼ねて遊びに行く。

「そうだ、お土産を持っていこう」

 以前買ったラム酒の内、未開封の物を手に取ると、おもむろに三上の部隊の駐屯している宿舎へ足を進めた。

 宿舎を覗き込むと、どうやら不在の様で姿が見当たらない。

(出直すか)

 そう思い首を竦めた瞬間。

「よお、どうした」

 背中に平手と共に言葉が飛んできた。

「ぬぁ」

「おいおい、ビビりすぎだろ」

 いきなりの不意打ちに驚く海を見て、三上が驚くこととなった。

「いきなりは止めてくれよ、差し入れの酒を落とすところだったぜ」

「おー、それはすまなんだ、貴重な酒を床に飲ませるのはもったいなさすぎる」

 そう言って三上はニヤリと笑った。

「ほらよ」

 三上は海から酒を受け取ると、まじまじとラベルを確認して「ラムか、なかなかいい銘柄だな」と笑った。

「スチューザン海軍だからな」

「はは、まったくだ」

 三上は部屋の中を見渡し「同期がラムを差し入れしてくれたから後で飲もうぜ」と伝えて褐色の瓶を高々と掲げた。

「おお」

「ありがとー」

 三上の同僚なのだろう、中でくつろいでいた五人ほどの男女がこちらに視線を向け歓声を上げた。

「コイツの女のケツを追いかける癖のお陰で命拾いしたんでな」

 海の言葉にドッと笑いが広がった。

「今度は、何処のお嬢さんに行ったんだい」

 中にいたお調子者がはやし立てる。

「おいおい、そりゃ無いんじゃないの」

(三上はこういうところが人気が出るところなんだろうな)

 ニコニコと笑いながら周りに溶け込む三上を見て、海は少し羨ましく思った。

 それから数日後。

「すわっ敵襲か?」

 突然の喧騒に海は毛布を蹴り上げベッドから転がるように出ると、窓へ突進しカーテンを勢いよく開いた。

「なんだなんだ」

 部屋の住人たちもカーテンが開け放たれた

窓へ視線を向ける。

 外は日が昇っていないせいなのか、まだまだ暗く外で何が起こっているのか目を凝らしてみてもよくわからなかった。

「ちょっと状況を確認してくる」

 寝ぼけ眼のケイトがたまたま視界に写ったので聞かれたらそう伝えるように頼み、懐中魔灯を手繰り寄せ表に出た。

「何が起こったんだか」

 魔灯を点灯し、周囲を警戒しながらゆっくりと歩みを進める。

 何せ情報が無い、工作員の襲撃なのか、夜間爆撃なのか。

(夜間の爆撃......敵にも魔探があるしな)

(いや......待てよ、爆撃なら空襲警報が鳴るはず)

 急いで建物を出ると、前方に数人バラバラと飛行場の方を眺めていた。

「何だろ」  

 目線を飛行場に合わせると、そこには何人もの人間が動き回っている姿が、若干明るくなってきた大気に浮かび上がっている。

 海が歩みを進め眺めている数人を追い越し

て、なおも歩みを進めると、追い越された数人が、まるで石化が解けたかのように無言で着いてきていた。

(普通じゃない)

 海は直感的に感じ取った。

 何せあまり仲の良くない陸軍と海軍の士官の軍服達が揃い踏みしているのだ。

 近づくにつれ全貌が徐々に明らかになっていく。

「コイツは」

 そこには、四発騎のデヴォンジャーとレッドローズが十騎ほど並べられていた。

 ふとベアトリクスの勝ち誇った笑いが思い出された。

 他にはスプライトディーバが数騎とサイクロンが多数、ランスフィッシュがやはり多数カンデラの光に照らされて、鈍い輝きを放っている。

 視線を隣に移すと、護衛魔動歩兵のジョンと巡行魔動歩兵のナイトが特徴のある姿をさらしながら、やはり多数佇んでいた。

 それ以上に驚いたのは、魔探のパーツが数基分、分解されたまま置いてあり、兵隊たちがとても丁寧に木箱に詰めていた。

 それだけではなく、予備の発動機の入った木箱、何かを削り出す大きな機械、重いものが入ってそうな麻袋など、所狭しと並べられていた。

 海がキョロキョロと周囲を伺うと、見知っている顔をわずかながら確認できた。

(とりあえず聞いてみよう)

「源口大佐、おはようございます」

 源口は声で察したのかこちらを振り向くことなく「どうした?」と返事を返してきた。

「外で大きな音がしたもので、確認のため出て参りました」

「おう、そうか」

「スチューザンからの援助ですか?」

 源口はここで初めて海の方に体を傾け「そうだ」と嬉しそうに答えを返した。

「翔陽にとって念願の四発騎を研究する願ってもないチャンスだ、設計図、細かな部品、部品製作する工作機械、水冷の発動機、それ以外にも対潜兵器、魔探、魔動歩兵など色々だな」

 源口は視線を爆撃騎に向ける。

 視線の先には、黙々と作業する兵隊たちが

飛び跳ねるかごとく作業をしている。

「大佐、こっちへ」

 若い士官から声をかけられると源口は「わかった、今行く」と軽快に答え、海に向かって「また後でな」といい姿を消した。

(本国へ持って帰るのか?)

 どれくらいその場で立ち尽くしたのだろうか。

 ハッと我に返る。

(今何時だ)

 東の空は明るみ含み始めている。

 時計を忘れた事に今さら気付き、慌てて元来た道を引き返す。

 遠目に眺めている兵たちをかわして、宿舎の中に体を入れた。

「お帰り」

 眠気覚ましの紅茶を口から離して、ケイトが声をかけてきた。

 海が紅茶に視線を向けると「あっこれ?」

と残り少なくなったティーカップを掲げる。

「眠ったら留守番にならないからね」

 ケイトは大きなあくびをしながら答えた

「隊長も飲む?」

 ケイトは海の返事を待たずにティーポットからカップへ注ぎ始めた。

「私の分も」

 海はケイトの手元を眺めながら、見てきた一部始終をケイトに聞かせた。

「スチューザンが無償で援助とか絶対に無いから」

 したり顔で微笑む。

「条件は何だと思う」

「わかんなーい」

 海の質問にケイトはあっけらかんとそう答えた。

 いつの間にか窓から日の光が差し込んできていた。

 それから数日後

「おい、聞いたか?」

「帰国の件か?」

「ああ、スチューザンから貰ったものを持って帰るために艦隊を出すんだと」

「ここが手薄になっちまうけど入れ替えで来るのか」

「ああ、恐らくな」

 ダリーは翔陽の天空騎士たちを見やり、ため息をつく。

「仕方ないさ、皆故郷に帰りたいんだ」

 スカーレットは寂し気に微笑んだ。

 あの日以来色々な噂話が流れるも、何分正式な話が何も無いため、皆もやもやした感情を抱えながら日々の職務に臨んでいた。

 ウィィィィ

 サイレンの音が海の思考を切り裂き鳴り響く。

「それ、奴さん来たぞ」

「おし、走れ」

 先ほどまで噂話をしていた騎士たちは、音を聞くや否や全速力で走り去った。

「隊長どうします」

「防空壕に急ごう」

 海はダリーの問いにそう返して、豪へ急いだ。

「たまには飛ばないとなまっちまうよ」

 スカーレットが愚痴をこぼす。

「今の位置は飛行場から遠いですから」

 佐那の一言で皆だまり、黙々と壕を目指して急ぐ。

「あ、コリャまずいぞ」

 爆撃騎が投下体制に入りながらこちらに向かって来ている。

「何で飛行場や船じゃなくてここなんだよ」

「知らねえよ」

「ほら、逃げるよ」

「ケイト捕まって」

「ダリーは優しいから大好き」

「スカーレットさん」

「あーあー分かってるよ、ホレ」

 それぞれチビたちを抱きかかえ、みな鬼の形相で足を急き立てて必死に建物から距離を取る。

 発動機の音が辺り一面にこだましたかと思うとシュルルルと爆弾が空気を切り裂く音が聞こえる。

「まずい、伏せるぞ」

 海の声と同時に炸裂音が鳴り響き衝撃波で吹っ飛ばされた。

 顔を上げると、今しがた爆撃を終えた数騎が南に針路をとり悠々と去っていく。

 ぼうっとした頭に悔しさの感情が漠然と沸き上がった。

 頭が徐々に冴えてくるにつれて、皆の事を思い出し急いで周囲に目を配る。

(酷い出血をしている人はいないようだ)

「大丈夫か?」

 海の声に直接応じなかったものの、ゆっくりと起き上がる者、わめく者など色々な反応を見せる。

 先ほどまでいた宿舎方向に顔を向けると、爆撃により三分の一ほどが崩れて、瓦礫になっていた。

「間一髪だね」

 佐那の声に皆が頷く。

 空を振り仰ぐと空戦の勝敗はついたらしく敵味方共に姿を消していた。

「宿舎へ行ってみましょう」

 佐那の言に皆頷く。

 宿舎へ近づくと、死角になっていた反対側に陸軍の工作隊が工作機械やら何やらを用意して撤去作業を開始したところだった。

「あ、危ないのでしばらく近寄らないで下さい」

 すまし顔の陸軍の兵隊に止められたので、助けは必要か確認したところ、必要ないとの答えを返してきた。

「どこか休憩できる場所へ行こうよ」

 ケイトが不機嫌そうに言った。

「じゃあ、ピストへ行くか」

「そうですね」

 夏子が疲れた口調で頷く。

 ピストに着くと、真っ先に戦闘に入った直掩組が先に戦闘に入った分早くに戻ってきて休憩を取っていた。

 彼ら、彼女らの会話は聞いた限りでは和やかなのだが、興奮が冷めやらぬからなのだろうか殺気と熱気を帯びて自然周囲を威圧する形となっていた。

「みんな、第二波に備えて愛騎の所に行こうか」

 流石の海も居づらさを感じて、皆に移動を促して足を動かした。

「すまないが、我らの騎体はどこかな」

 何人かに聞いたところ、隅で整備しているとの事だった。

「あそこは屋根がある、行こう」

 先ほどまでグッタリしていたケイトが、急に元気を取り戻して、真っ先に移動を開始し始めた。

「ちょっと待てよ」

 ダリーが慌てて追いかける。

「やれやれ」

「本当ですわ」

 スカーレットと夏子がウンザリした表情で顔を見合わせた。

 整備場は、プロイデンベルクの爆撃騎に気付かれぬよう偽装を施してあり、その偽装のための屋根がギラギラと照らす日の光を遮ってくれていた。

「やあ、調子はどうだい」

 整備士たちに声をかけると一人が言葉を返す。

「お疲れ様です、順調ですよ」

「また、敵が来たら迎撃出来るかい」

「いや、今日は無理ですよ」

「無理?」

 海は答えの意味が分からず聞き返した。

「はい、各騎に対水上用の魔探を装着するよう命じられていますので」

「何だそれ?」

 海の呆けた声に整備士は不思議そうな面持ちで「何も聞いておられないのですか」と逆に質問してきた。

「ああ、何も聞いていない」

 整備士は困惑の表情を浮かべる。

「それは、私たちの騎もですか」

 今まで傍観していた佐那が会話を引き取り質問した。

 整備士はいよいよ困った顔を浮かべた。

「ああ、お嬢さん、そうだよ、四騎すべてだよ」

 別の整備士が代わりに答えてくれた。

「そう、ですか......ありがとうございます」

「どこに行くのかわかるかい」

「いや、分かりません、すみません」

「いや、こちらこそ」

(水上魔探か)

 浮遊艦では基本不必要なものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る