第37話 花火大会
「残念、もう少ししたかったのに」
そう言いつつ先生がアラームを止める。
「三上さん、十五分だけですがどうでしたか?」
「楽しかったです。もっとやりたいです」
「それはよかったです。またお会いできるのを楽しみにしていますね」
お世辞じゃなく、本心だった。
初めての場所で緊張していてどうなるかと思ったけれど、とても優しくて雰囲気が良くて、十五分が一瞬で終わった。
「有難う御座いました」
廊下でお母さんと頭を深く下げる。たった二週間だけどお世話になる先生。良い先生で嬉しい。八月いっぱい、頑張って前へ進むぞ。
帰り道、ファストフード店でアイスを食べる。夕食前だけど特別だって。きっと、お母さんも私の様子がおかしいことに気が付いていたんだ。それでいて、言わないでいれくれた。
「明日は何しようか。夏休み中にどこか行きたいところあったら言ってね」
「うん。考えておく」
夏休みかぁ。あと十日もないし音楽教室があるから、実質四日くらい? 随分短い夏休み。前半丸々寝ていたから。
友だちと遊びに行きたい気持ちもある。夏祭りも行きたかった。あ、近所の花火大会なら明日だった気がする。夏祭りばかりで行ったことないけど、小さい花火大会でも出店は出るはず。
「お母さん。明日の花火大会行きたい」
「じゃあ、お父さんと三人で行こうか」
「うん」
本物の夏を体験してみたい。
「きつくない?」
「大丈夫」
翌日、十五時。私はお母さんに浴衣を着付けてもらっていた。といっても、お母さんは着付けのプロでもしょっちゅう浴衣を着る人でもない。浴衣の着方をネットで検索して、一年振りの着付けに挑戦中だ。
「やっぱり年に一度じゃ忘れちゃうね」
別に浴衣じゃなくていいと言ったんだけど、去年買った浴衣があるからと引っ張り出してきた。大変だと言いながらも嬉しそうなお母さんの顔が私も同じようにさせる。
「できたよ」
「ありがと。お母さんも浴衣?」
「ううん」
「なんだぁ」
自分で着付けはまた難しいのかもしれない。来年は私も習って、お母さんに浴衣を着てもらいたいな。
「そろそろ行こう」
お父さんがノックする。私が廊下に出てみれば、お父さんが「似合っているね」と言ってくれた。
中学二年生になって三人で出かけるのは初めてだ。いろいろ理由はあるけれども、きっと、もっとこういう機会が少なくなっていくのだろう。それを寂しく思わなくなる日が来るのかな。それを成長というのなら、それがまだ先だといい。
花火大会に向かっていると、私みたいな浴衣姿の人が増えてきた。
「暑いね」
「浴衣だから余計だ。これでどう?」
「ちょっと涼しい」
お父さんがうちわを仰いでくれる。小さい子どもに戻った気分。
一駅くらい散歩をすると、土手が見えた。
「出店ある!」
走り出しそうになるのを我慢する。浴衣だし、もう中学生だし。周りに人もいるし。
「何か買ってから場所取りしようか」
「うん」
大きな花火大会じゃないから、テレビで観るような大混雑はない。立って待っている人以外にも、離れたところでレジャーシートを敷いて座っている人もいる。浴衣は暑いからこのくらいがちょうどいいな。
「どれにする?」
「食べやすいのがいいかな。フランクフルトかたこ焼きか」
「じゃあ、両方買おう」
今日のお父さんはとても優しい。いや、毎日優しいか。私が元気だった頃は仕事が忙しくてなかなか会えなかったけど、目が覚めてからはできる限り私との時間を作ってくれている。
「お母さんは?」
「そうだなぁ、りんご飴にしよう」
お母さんは甘いものが好きなので、夕食代わりのスイーツを買った。お父さんは焼きそば。食べにくいと思ったけど、そういえばお父さんが椅子を持ってきていたんだった。これなら私も落ち着いて食べられる。
空いている場所を見つけて三人で座る。その間にフランクフルトは無くなってしまった。
「捨ててくる」
「たこ焼きが終わってからでいいんじゃない?」
「ちょっと散歩もしたいから。まだ始まらないよね?」
お父さんがスマートフォンを確認する。
「あと十分くらいだよ」
「分かった。すぐ戻る」
「気を付けてね」
お母さんが手を振る。私は一人で出店へと戻っていった。
出店横にあるごみ箱に串を入れ、購入していないお店をちょろちょろ眺めながらゆっくり戻る。後ろから声をかけられた。
「三上ちゃん」
「あ、え、家原先輩!」
なんと、懐かしの家原先輩だった。夢の中では何回も会っていたけど、現実ではお見舞いは現役のみとのことで三年生には誰も会っていなかった。思わず駆け寄る。
嬉しい。受験勉強の息抜きかな。
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