第30話 まいにち猫弁。
朝。
忠生の空は、少しだけ秋の匂いが混ざった夏の終わりの色をしていた。
猫屋のシャッターを開ける音が、
今日もいつもと同じように響く。
「……おはよう」
「おはよー」
特別な言葉はない。
でも、特別じゃないことが、もう特別だった。
ベスはエプロンを結び、
猫さんは鍋に火を入れる。
冷やし猫屋は、もう定着していた。
春フェアも、夏まつりも、夕立も、
全部、ちゃんと過去になっている。
「ねえ猫さん」
「……なんだ」
「この店さ、
すごいこと起きてたのに、
今は、なにも起きてないね」
猫さんは包丁を止めずに答えた。
「……起きたあとに、
何もない日が戻るなら、
それは、いい店だ」
昼前、
マナちゃんが少し背を伸ばして入ってくる。
「マナ、大きくなったでしょ」
「……ああ」
ショウさんは相変わらず荷物を持ち、
ミオちゃんは別の流行を追い、
サブちゃんは、いつもの場所にいる。
誰も変わらない。
少しずつ変わっているのに。
猫さん
(……俺は、
何かを成し遂げたかったわけじゃない)
(……ただ、
毎日、
ちゃんと火を入れて、
ちゃんと終わらせたかった)
(……逃げたと思っていた場所で、
続けることを選んだだけだ)
(……それを、
誰かが食べてくれた)
それで、十分だった。
暖簾が揺れる。
風はもう、次の季節を知っている。
ベスがぽつりと言う。
「この話さ……
どこで終わるんだろうね」
猫さんは、少しだけ考えてから答えた。
「……終わらない場所で、
終わる」
「なにそれ」
「……猫屋だ」
二人、静かに笑う。
今日も、
忠生の小さな弁当屋は開いている。
特別な日じゃない。
でも、誰かの“今日”にはなっている。
◎ まいにち猫弁。 ◎
・続けること
・焦がさないこと
・誰かが来る場所でいること
「物語は終わった。
けれど、弁当屋は終わらない。
町田・忠生の小さな猫屋では、
今日も、
“まいにち”が静かに作られている。」
……おしまい。
まいにち猫弁。 べすこ @minota0212
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