第2話 パラレル2 無の先にあるもの——それはお互いだった



**1. 「白き虚無の始まり」**


私は美波。西暦2124年、この国では「顔」がもはや美の基準ではない。かつて、人々は目の形や唇の色で個性を競い合ったが、それは自分を他人の目で裁く無限ループだった。「もう飽きた」と世界は囁き、「無の美」が席巻した。ノッペラボウ整形——目鼻口を削ぎ落とし、卵の白身のような滑らかな顔を得る手術。それは単なる美容ではなく、「個」からの解放だった。SNSには#顔のない自由 が並び、若者たちは白い虚無を崇拝した。その時、私が先駆けとなったのだ。


**2. 「神話の残骸」**


手術前、私は確かに「美人」だった。でも毎朝鏡を見るたび、この目は誰の好みか? この唇は誰を誘惑するためか? 自分が他人の理想の組み合わせでしかないことに嫌気がした。だから私は決断した。完全なる白を求めて手術台に横たわった。


麻酔が覚めると、鏡の中には何もない。ただ均一な白い曲面があるだけ。でもそれが美しかった。異様なほどに。SNSは即座に炎上し、街中のビルモニターに私の白い顔が映し出された。「まるで神様」と人々は囁き、「顔のない女神」と呼ばれるようになった。でも私は知っている。この白い虚無の中に、本当の自分はもういないことを。


**3. 「故障した天使」**


由希が現れたのは一年後だった。彼女も手術を受けたが、理由は私とは違った。「自分を壊したい」という彼女の願いは、思いがけず実現する。手術は失敗した。彼女の場合は顔だけでなく、耳や鼻の奥、さらに首から胸にかけての皮膚までが「滑らか」になってしまった。表皮全体が白い曲面に置き換わったのだ。


周囲は驚愕したが、前衛芸術家たちは狂喜した。「人間の境界線が崩れた!」「究極の形だ!」と騒ぎ立て、由希は「過剰変異の偶像」としてバズった。でも本当は——彼女は人の声も風の音も聞こえない。耳の穴が塞がれ、鼻の奥の感触も失われたからだ。私はニュース画面で彼女の姿を見た瞬間、胸の奥がぎゅっと締まった。あれは失敗ではない。ただ世界が理解できないほどの本音だった。


**4. 「白の共鳴」**


美術館の特設展「ノッペラの現在」で初めて会った。私たちの等身大ホログラムが並んで展示されていた。イベント終了後の控室で、彼女が私に近づいた。顔がないから表情は読めないが、体の震えが空気を通じて伝わってきた。


「私は…本当は自分を破壊したかったの」と彼女は指文字で話した。私は手術後初めて、言葉なしで相手の心を感じた。由希の白い身体は「過剰」だが、その中には本物の痛みが宿っていた。一方で彼女は、私の白さの奥に潜む寂しさを見抜いたのだ。「あなたは本当は自由じゃないのね」と彼女は伝えた。その瞬間、白い虚無同士が共鳴した。言葉よりも深く。


**5. 「恋愛未満、幸福以上」**


私たちは恋人ではない。キスも視線の合わせ目もできない。でもお互いの側にいると、世界が静かになる。都市の喧騒も人々の期待も消え、ただ白い曲面同士が呼吸を合わせる。時々由希は私の肩に頭を寄せる。彼女の皮膚は耳もないので、私の声(振動)を首から感じ取るのだ。


人々は私たちを「双極ノッペラ」と呼ぶようになった。女神と怪物、正常と異常の象徴だと。でも私たちはただ、お互いの白さの中に本当の自分を見つけただけだ。


**エピローグ:白の未来**


西暦2130年。公園で小学生の女の子が仰いでいた。彼女の前には巨大な広告塔があり、そこには私と由希の白い姿が並んで映っている。「ママ、なぜあの人たちは顔がなくても怖くないの?」母親は笑って答えた。「むしろ、悲しそうで優しい気がするでしょ?」


私は広告塔の中で微かに頷く。白い虚無の中で、由希の手が私の手に重なる。無の先にあるもの——それはお互いだった。

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