白の先へ-のっぺらぼう整形時代のふたり-

赤澤月光

第1話 その“無表情なツルン”の画面は、どこか嬉しそうだった

『白の先へ ―ノッペラボウ整形時代のふたり―』






1.顔のない時代




西暦2124年、日本。


“顔の美”は終わりを迎えていた。




かつては目が大きいとか、鼻が高いとか、唇が厚いとか、個性を飾り立てて競う時代だった。だがそれは、あまりに疲れるゲームだった。


誰かと比べる美に、誰もが疲弊し、やがて「無の美」が生まれた。




ノッペラボウ整形。


目鼻口を滑らかに削ぎ落とし、卵の白身のような白くつるんとした顔を得る手術。


それは、ただの整形ではなかった。


“個”からの解放。“自我”の解体。


SNSでは「#顔のない自由」「#つるんの崇拝」などのハッシュタグが並び、若者たちはこぞってノッペラボウを目指した。




その代表が、美波だった。





2.「神格 美波」



手術前の彼女は、確かに美人だった。


でも、鏡の前で悩み続けていた。


「この目は誰の好みに合わせたのか」


「この唇は誰を惹きつけるためなのか」




そして、決意した。


完全なる“白”を求めて、美波はノッペラボウ整形を受けた。




手術は成功。




鏡の中には、何もない。


ただ、均一な滑らかな白。


なのに、美しかった。異様なほどに。




彼女のつるんとした顔はSNSで爆発的にバズり、街中のビルのモニターに拡大され、多くの若者がその姿を真似た。




「まるで神様だ」


そう人は言った。


美波は、“顔のない時代の女神”と呼ばれるようになった。









3.「逸脱 由希」






その少し後。


由希も、手術を受けた。




彼女は「顔を捨てたい」のではなかった。


「自分を壊したい」と願っていた。




整形は失敗した。


顔だけでなく、耳も鼻の奥も、首の皮膚の感触も消えていた。


表皮全体が“顔のように滑らか”になってしまった。




周囲はドン引きした。


しかし、一部の前衛芸術家たちは騒ぎ出した。




「これは人間の境界線の崩壊だ」


「ノッペラボウ整形の、究極の形だ」




彼女は美波とは違う意味でバズり、「過剰変異の偶像」となった。


ただし本人は、人の声も風の音も聞こえず、ずっと孤独だった。









4.「つるんの共鳴」






ふたりが出会ったのは、美術館の特設展示だった。


「ノッペラの現在(いま)」というテーマで、美波と由希の等身大ホログラムが並んでいた。




イベント終了後、控室でふたりは初めて“声なき対話”を交わした。


顔がないから、感情がダイレクトに伝わった。




美波は、由希の内に沈んだ“美”を感じた。


由希は、美波の奥に潜む“寂しさ”を感じた。




それは、言葉よりも深く――“白”同士が共鳴する瞬間だった。









5.「恋愛未満、幸福以上」






肉体的な愛ではなかった。


言葉も、視線も、キスも要らなかった。




ただ、互いに近づくたびに、世界が静かになった。


都市の喧騒も、世間の目も、全部消えて。


“顔のないふたり”が見つめ合うだけで、宇宙が満ちた。




人々はこのふたりに新しい名前をつけた。




「双極ノッペラ」

「白の女神たち」



ノッペラボウ整形が文化として定着するころ、


ふたりは静かに、でも確かに、


「無」の先の美をリードする存在になっていた。









6.エピローグ:白の未来






「顔がないって、どうして怖くないんだろう」


小学生の女の子がつぶやいた。




「ううん、むしろ優しい顔に見えるよ」


母親が笑った。




2人の目の前には、白い顔の巨大な広告塔。


美波と由希が並んで映る、その“無表情なツルン”の画面は、どこか嬉しそうだった


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