第22話
社交シーズン中は自身が王宮へ向かわない日も社交はあるようで、王宮に隣接している王立芸術院で演劇鑑賞会などが行われている。当主が王宮の議会に出ている間は配偶者である第一夫人や子供らが芸術院で人脈を作るのが社交なんだとか。
私も例に漏れず、バティンに連れられ芸術院内にある劇場のロイヤルボックスに座っている。今日の演目はサーガを題材にした音楽劇(オペラ)だそうだ。オペラグラスを握る手に力が入る。
「ハーゲンティ、あなたは劇を観る側であって演じる側ではありませんよ」
バティンが私の頬をつつく。
「一瞬も見逃したくないと思うと、気合が入りすぎたようです」
音楽劇は前世でも観たことがないのでとてもワクワクしている。そしてなにより演目がサーガなのだ。間違いなくマルティムとの会話が弾む。今日はマルティムもボルフライも会場に来ているようで、入場の際に姿を見かけた。一緒に並んで見ることができないのだけが残念だ。
「客席の灯りが一段落ちましたね。もうじき開演ですよ」
バティンが幕の降りたままの舞台を指差す。緞帳(どんちょう)には刺繍で家紋のような模様が描かれている。
「あの刺繍は王家の家紋でしょうか?」
「あれはレメゲトン国王陛下の紋章です」
王様は個人で紋章を所有しているのなら、代替わりするたびに緞帳を作り直しているのだろうか?他にもいっぱい紋章付きの物はあるのでは?総入れ替えするの?いくらぐらいかかるんだろう。
かなしいかな、前世のサラリーマン家庭の金銭感覚が抜けない。
そんなことを考えていたら客席の灯りが全て落ちた。
「面白かったです……!」
サーガを本で読んでいたしナベリウスに授業で解説もしてもらっていたけれど、目の前で動いているのを見ると理解度が上がる。なにより歌が良かった!マジ最高。
「次は映画で見たいですね」
「エイガとはなんでしょうか?」
「ぅぐっ」
行きの馬車と同じ失敗をする。バティンは何となくの説明で納得してくれるだろうか。明後日の方角に視線を泳がす。
「映像……」
「エイゾウ?」
よし、やめだ!
私は適当に指差して「アレは何ですか?」と問いかけて誤魔化すことにした。
「あの扉の奥は確か、室内庭園だったかしら。今日は解放されているようですね、見ていきましょうか」
「はい!見たいです」
お花は正直詳しくない。バレエの公演でお客様から花束をいただく以外に日常で花との触れ合いはない。公園や庭園に足を運ぶというと、花博が開催された年に学校の行事で友人と花のアーチを歩いた記憶がかすかにあるくらいだ。
この世界に来てからの方が、城の廊下や食堂、サロン、いたる所で花を目にする気がする。今日を機に、少しでも花の種類を知っておこう。どの家も家紋が花モチーフのようだし、ボルフライは手芸が趣味だから模様は何が好きかって話題になった時にこれで答えられる。
「バティン様、ごきげんよう」
勉強するぞという気持ちに切り替えようとしていたら、シンヒカー侯爵夫人が近づいてきた。オセーとアミーも連れている。
「ごきげんよう、ヴィネー。ハーゲンティと室内庭園に向かおうとしていたところです。お時間があるようでしたら中でお話でもしませんか?」
「ぜひご一緒させてくださいませ」
バティンが自ら誘うのなら、きっとヴィネーとの仲は良好なのだろう。年が近いし、私は従兄弟たちとの仲を深めることにしよう。
相変わらず無表情な兄と不機嫌そうな弟をやっているが、ひるまず話しかける。
「オセー、アミー、ごきげんよう。2人はお花をどのくらいご存知ですか?わたくしはあまり詳しくないので、教えていただけませんか?」
男の子だからあまり興味がないかもしれないとは思いつつ、兄のオセーなら領地内の家紋に使われている花を知っているんじゃないかと期待してみる。
「私が持つ花の知識は少ないですが、ハーゲンティ様のお役に立てれば幸いです。一緒に参りましょう」
そう言ってオセーが私に向かって腕を出してきた。その意味が分からずバティンを振り返ると、私の手を取りオセーの腕に持っていく。ようやく気が付いた。エスコートのためにオセーが腕を出してくれていたのだ。
「あ、ありがとうございます」
私はしどろもどろになる。エスコートがどんなものか知ってはいるし、バレエでもお姫様はエスコートされて舞台に上がることがあるので経験だってある。だが日本の日常にはない文化だ。そんなごく自然に「当たり前でしょ?」って顔をしないでほしい。
「大丈夫です。歩みは合わせます」
急に年上の余裕みたいなものを見せないでちょうだい、びっくりしちゃうでしょうが。
「お願い、いたします」
オセーのエスコートで庭園内に入場する。
私とオセーが並んで、そのすぐ後ろにやっぱり不機嫌なアミーがついてくる。声は聞こえるが少し離れてバティンとヴィネーが続く。親に観察されているようで、ちょっとくすぐったい。
「明日の乗馬会に出るのでしょう?」
「ええ、オセーはもちろん、最近アミーも上達してきましたので」
そんな親たちの会話が聞こえてくる。私は自分の明日の予定を思い返すが、昼間は自習して夜はどこかの侯爵家の夕食に招待されただけで、乗馬の話は知らない。本当に王宮で毎日何かしらイベントがあるんだなとぼんやり考える。
途中、バティンたちと別の道に進んだ。私の側近たちが2〜3歩離れてついてきているので問題はないだろう。
「ハーゲンティ様、この花は……」
オセーが順番に説明してくれる。しかも結構詳しい。どの家の家紋なのかだけでなく、咲く時期や花言葉も教えてくれるのだ。ってゆーかこの国にも花言葉ってあるんだね!
なんだかんだで楽しい時間を過ごしていると、こちらに近づいてくるグループがいた。顔立ちがウハイタリ領と違い、男女ともにアゴがしっかりしているのでリオウメレ領の貴族だと思われる。領地の序列はウハイタリが上になるので道を譲るのは相手側のはずだが、どんどん近づいてくる。なんならズンズンって効果音がつきそうな勢いで迫ってくる。
だまって控えていたケレブスたち護衛がさっと前に出てくる。どうなるんだとハラハラしていたら本当にギリギリ護衛にくっつきそうなくらいそばまで来てようやく止まって道を開けてくれた。
「ハーゲンティ様、急いで通り過ぎましょう」
オセーが小声でそう言い、私の手を引いてくれる。
私たちが通り過ぎるあいだ、リオウメレの貴族たちは目でこちらを追いかけ続けていた。
「なんだったのでしょう?」
「私にもなんとも言えません。ハーゲンティ様の金髪は目立つのでそうそう無いとは思いますが、魔力の高い子供は誘拐されやすいと聞きます」
人さらい。こんな堂々と起こるのか。今さら冷や汗が出る。
「大人(側近)たちが少し離れていたので、私たち3人だけで花を見ていると思ったのかもしれませんね」
みんなと一緒にいて良かったと心の底から思った。もともと側近を撒いてやろうなんて考えたことはなかったが。
「いかがいたしましょう。もうお戻りになりますか?」
オセーが心配してここを出ることを提案してくれるが、今来た道に戻りたくない。
「いいえ、もう少し花を見て気分を落ち着けてから戻りたいです」
「かしこまりました」
花の説明が始まり、私はその声に集中する。ずっと後ろにいたアミーが私の隣にくると、その表情は不機嫌から周りへの警戒に変わっていた。
それからしばらく経ち、庭園の奥まで進んだころにはだいぶ落ち着きを取り戻していた。
「二人ともありがとう、そろそろ戻りましょう」
踵(きびす)を返しゆっくり歩き始めると、後ろから声をかけられた。
「ハーゲンティ様」
その声にオセーとアミーが固まる。しかし私は聞き覚えのある声に笑顔で振り返る。
「マルティム!」
そこにはマルティムとボルフライの2人がいた。
「まさか今日ここで会えるなんて思っていませんでした」
「わたくしもです。来週王宮で行われる10歳以下の集まりまでお話しできる機会はないと思っておりました」
3人で顔を見合わせて笑う。お互いの髪にお揃いのリボンを見つけて触れ合う。
「ボルフライ、素敵なリボンをありがとう」
「とても良くお似合いです」
私は日常に戻ったように感じて、今が一番ほっとしている。オセーとアミーへ振り返ると少し居心地が悪そうだ。派閥が違うことを思い出し、面識が無いのだと推測する。友達紹介ってしていいのかな?
「オセー、アミーわたくしの友人を紹介させてください」
私の言葉に従兄弟が緊張を解いた。私が手招きをするとオセーが近づいてきてくれる。
「2人はわたくしの母方の従兄弟で、兄のオセーと弟のアミー。アミーはボルフライと同い年です」
一歩遅れてこちらに寄ってきてくれたアミーの顔はまた不機嫌に戻っている。このまま紹介を続けても良いのだろうかと迷ったが、よく見ると耳がほんのり赤い。私はやっと理解した。不機嫌じゃなくて恥ずかしがっていたのだ。
アミーくん人見知り?それとも女友達がまだいない感じ?
わかってしまうとその表情が可愛く見えてきて、私はニヤついてしまう。
「こちらは侯爵家のマルティムと伯爵家のボルフライです。見てください、3人でお揃いのリボンをつけているのですよ」
ちゃんと友人自慢を付けておく。
「ご紹介いただきました。お初にお目にかかります、マルティムと申します。以後お見知りおきください」
「侯爵の子、オセーと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」
順番に挨拶をしていく。やっぱりアミーはどこかぶっきらぼうな返答になってしまったのでマルティムとボルフライに「恥ずかしいみたい」と内緒話でフォローしておく。
「あらあら」
「さようで……ふふ」
女子に対して、ませてるなんて感想を抱く日がくるとは思わなかった。
「お話し中に失礼いたします。ハーゲンティ様、そろそろ戻らなければバティン様がご心配になりますよ」
カシモラルの言葉に私たちは「あ」と声を漏らす。
「お戻りになるところを引き留めていたのを忘れておりました。申し訳ございません」
「いいえ、わたくしがマルティムたちに会えたことが嬉しくてついつい話を長引かせてしまいました」
私とマルティムがあわあわし出す。それを見てオセーが提案してくれる。
「出口までご一緒しませんか?楽しい時間は少しでも長く欲しいですよね」
やだイケメン。
私が顔をブンブン振ってうなずいたので、みんなでゆっくり戻ることにしてもらえた。今日見たオペラの話、道中の花の話をしてすっかり元気を取り戻せた。
「はー楽しかった」
別宅でもストレッチは欠かせない。今日は夕食が外だったので、就寝前の湯あみ準備中にドタバタさせてもらう。
「ファルファレルロ様はオペラ楽しかったですか?」
隣に浮かぶ赤い本に向かって話しかける。
「ふむ、まぁまぁだったな」
「まぁまぁかー」
ファルファレルロの採点は厳しいようだ。
「そんなことよりハーゲンティはもっと危機感を持って生きなさい」
「う、そんなこと言われましても」
本の角で頭を刺される。
「イターイ」
「攫われたらこんなものじゃ済まないぞ」
「わかってる!わかってまーすー」
この後、ムルムルが湯あみの準備ができたと声をかけてくれるまで、ファルファレルロからのお説教が続いた。
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