第21話
豪華絢爛。これほどこの言葉が合う建物は他にないだろう。王宮のサロンは壁にも天井にも絵が描かれており、柱にも彫刻が施され、どこに視線を動かしても必ず視界に芸術品が入ってくる。
そしてその宮殿に引けを取らない女性たちの煌びやかなドレス。
情報過多。
「ハーゲンティ、前を向いていないと危ないですよ」
バティンが私と繋いだ手を強めた。ついつい天井の大きな絵が気になって上を向いて歩いていた。
社交は毎年春と秋に行われ、その期間は全領地から貴族が王城に集まる。開会式の今日は爵位を持つ者とその第一夫人、社交初参加の子供が出席している。
ウハイタリ領の貴族の内訳は侯爵25家、伯爵70家、子爵224家、男爵212家だ。子供は春と夏に帰敬式を終えた6歳しか参加していないので一旦除外して、領地からおおよそ1066人が参加している。領地は6つ、今この場に約6400人が集まっていることになる。いや、公爵には側仕えと護衛数人が付くし、子供も先ほどの計算から除外した。王家の方々や王宮で働く人もいるのだから、きっと今ここには10000人くらいいるのだろう。
「武道館の音楽ライブくらいかな」
私のつぶやきは高い高い天井に吸われていった。
領地の並びは祈りの間の物見塔の並び順と同じようで、領地の色の旗が立てられている。上手側(かみてがわ)からカイアムヌの黒、プアトゥタヒの緑、ブルレッキの赤、ウハイタリの黄、リオウメレの白、ワルタハンガの紫。その旗の隣に公爵が立ち、後ろに領地の貴族が爵位順に並ぶ。バティンの実家、シンヒカー侯爵は3番目のようだ。その少し後ろにマルティムの姿が見えた。
マルティムの髪にボルフライからもらったお揃いのリボンを見つけ、私は自分の髪についているお揃いのリボンをそっと撫でた。マルティムが私に気づいたようで、同じようにそっとリボンに手を添えているのが見えて嬉しくなる。
「ハーゲンティ、そのリボンは何だ?」
バティンを越えてザブナッケから声がかけられる。私はマルティムに向けていたニコニコ顔をそのままザブナッケに向けて答える。
「先日お話しした、お友達からいただいたリボンです。伯爵家のボルフライが作ってくれて、侯爵家のマルティムとわたくしの3人でお揃いなのです」
いいでしょう?うらやましいでしょう?と私は自慢げに話す。
「……そうか」
ザブナッケは一言で終わらせてまた前を向いた。自分から質問しておいて反応それだけなの!?と思ったが、ザブナッケと楽しくおしゃべりする姿を想像したら悪寒が走ったので自分も前を向いた。
パパパパパー
トランペットなどに似た金管楽器が並び、ファンファーレが演奏される。開会式が始まるのだ。
聖獣アルラディの色であり、王の色である金の旗がなびく。旗手を先頭にゆっくり入場し登壇するのは、金の髪に緑の瞳をしたレメゲトン国王陛下と、銀の髪に紫の瞳をしたアンドレアルファス第一王妃殿下だ。
ウハイタリは2代続けて王女様が嫁いだと聞いていたが、確かにザブナッケと国王陛下の顔立ちは雰囲気が似ている。国王陛下の方が少しオジサンに見える。
あ、今のって不敬?心の中だからセーフだよね?
少し焦った。鼓動が早くなってしまったので、きっと今ごろファルファレルロは私の中で大笑いしているに違いない。
「―――今ここに、秋の議会の開会を宣言する」
ワアアアアと歓声が上がる。私がハラハラしている間に王様の開会宣言が終わっていた。聞いてませんでしたすみません。
宣言が終わり国王陛下が下手側(しもてがわ)に移動すると、背景の幕が二手に割れた。ホリゾント幕だと思っていたが、中割幕だったようだ。奥には中2階とでも言えば良いのだろうか、7柱の聖獣の像を飾るためだけの階があり、そこへ続く階段が1本ある。しかしその階段の1段目が大人の頭と同じくらいの高さがあり、誰も簡単に登れないようになっている。私は今この幕を開いた意図が全く分からなかった。
「お母様」
「しー、今から聖獣様たちへの舞の奉納が始まりますよ」
「マイノホウノウ?」
バティンが壇上の上手側を指さす。お立ち台と呼ぶには面積が広い、車輪のついた移動できる舞台が運び込まれてくる。高さは中2階へと続く階段1段目と同じくらい。その中央に1人の少女が祈るように手を合わせて立っていた。
「今年の舞姫はワルタハンガ領の伯爵家が選ばれたそうです。よく見ていてください」
舞台の上の少女が手を合わせたまま国王陛下に会釈をする。そして聖獣様たちの像に向かって会釈、するとどこからか拍手、いや、手拍子が鳴り出す。
手拍子がどんどん大きく、早くなる。横を見るとバティンもザブナッケも手拍子をしていたので私も一緒に手を打つ。
バッ
と、勢いよく舞姫が振り返る。同時に音楽が鳴り出す。開会のファンファーレより音の厚みが増している。楽団を見ると金管楽器だけでなく弦楽器、打楽器も増えていた。
動きはフラメンコに近いが足を踏み鳴らさない、私の知らないダンス。この国の踊り。そして何より、上手い。
順番や家柄で選ばれたのではない、間違いなく実力、それがわかるくらい舞姫の踊りは上手い。バレエのシェネに近い回転技を全く軸がブレることなく回り切る。しかも腰に当てていた手を、右手だけとはいえ途中で上に開いたのだ。手の位置でバランスをとる難易度が変わり、手の位置が高いほど難しくなる。それを笑顔でやってのけるこの少女はまさに舞姫と呼ぶに相応しい。
目が離せない。
舞姫も一緒に手を打つ。回る。時折像の方を向いて祈る。また手を打つ。会場の手拍子が強くなるほど増していく不思議な一体感。きっと私の顔は今、真っ赤になっているだろう。自分でもすごく興奮しているのがわかる。
再び歓声が上がる。手拍子から拍手に変わる。
舞姫による舞の奉納が終わった。
「いかがでしたか、ハーゲンティ?」
バティンが問いかけてくる。
「とても……素晴らしかったです」
舞姫が登場した時と同じように、お立ち台ごと引き上げられていく姿を私はじっと見つめながらバティンに返事をする。
「ふふ、そうでしょう。舞姫に選ばれることはとても栄誉なことなのですよ。毎年学生の中から1人選ばれ、春と秋の開会式で舞を奉納します」
奉納された舞が聖獣たちに気に入られると豊作になり、気に入られないと凶作になる。かなり重要で疎かにできない責任あるお役目が舞姫だそうだ。
過去に実力ではなく爵位と学校への寄付金が多い家から舞姫を選んだらしい。その時の舞があまりにお粗末で聖獣たちの不況を買い、舞の途中から雷が落ち、嵐が襲い、次の舞姫を決めて舞を奉納するまで天候がめちゃめちゃになり、国中が荒れたことがあるらしい。
舞姫による舞の奉納はただの形式ではない、日本で例えると巫女による儀式だ。私は信心深いわけではないが、それでも過去の話に「なんて罰当たりなことをしたんだ」と思った。
開会式が終わり、社交シーズン中の大まかなスケジュールが発表される。爵位ごとの集まりや、子供だけの集まりがあるようだ。きっとその時にマルティムやボルフライと会えるなと私はまたニコニコしだす。
友人に会える楽しみと舞姫の舞への感動で頭がふわふわしている。
「今から会場が閉じられるまでは交流の時間です。お友達と話してきて大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。行ってまいります」
バティンに許可をもらい、ケレブスとカシモラルを連れてマルティムの元へ向かう。
「ごきげんようマルティム」
「ごきげんよう、ハーゲンティ様」
初めての王宮の感想を言い合い、ここにボルフライもいればよかったのになど笑いあう。次週に10歳以下の集まりがあるので、その時改めて3人お揃いにできるのがもっと楽しみになった。
「舞姫による舞の奉納は素晴らしかったですね。わたくし、聖獣様の像がほほ笑んでいるように見えました。今日初めて7柱全てのお姿を拝見いたしましたが……」
マルティムはサーガとエルダが大好きなので、舞の奉納に対して私とちょっと違う感想を抱き、特に7柱の像がそろっていることに感動したようだ。言われてみれば確かに、領地内はギルティネの像ばかりで、他の聖獣の姿は初めて見た。
7柱全ての像が人とも獣とも言える姿をしており、感動しているマルティムの手前、口には出さないが2足歩行する猫が7体並んでいるように見えて私は「可愛いな」という感想も持った。
「ハーゲンティ様、舞はいかがでしたか?」
「とても素晴らしく、感動いたしました。聖獣様もお喜びでしょう」
マルティムが私の言葉に嬉しそうに頷く。
「わたくし、舞姫を目指すことにします」
本当は今すぐにでも踊りたくてウズウズしている。バレエの神様、芸術の神様、ありがとうございます。今、舞姫を知ることができたのはとても大きい。真っ暗で手探りだった中に明かりが灯ったような、運命さえ感じる。
確か学生の中から舞姫を選ぶとバティンが言っていた。他にも条件があるのだろうか。自室に戻ったらカシモラルに聞いてみよう。
「ハーゲンティ様は先日、ダンサー?になりたいとおっしゃっていましたよね?」
「ええ、ダンサーになるために、まず最初の目標として舞姫になるのです」
マルティムがどういうことだろうと首をかしげる。周りに大勢いるので私はマルティムの耳元で話す。
「最終的な夢、目標はもちろんバレエダンサーです。ダンサーは舞手、様々な踊りを習得することはダンサーになる必須条件です。それを目指すために必要な手前の目標が舞姫なのです」
実際、バレエの演目はヨーロッパの色々な地域のお話を基に作られているため、場面によって民族舞踊が入っていることが多い。私が所属していたバレエ団も様々なダンスを踊れてこそバレエダンサーという方針だったため、コンテンポラリー、ジャズダンス、ヒップホップ、社交ダンスなど月に一度、別ジャンルのレッスンがあった。
「舞姫に選ばれることはとても栄誉なことだとお母さまは教えてくださいました。ならば公爵を目指すための実績にもなるでしょう。そしてダンサーに必要な舞の実力も示せます」
ダンサーになるために公爵になり、公爵になるためにまず舞姫になる。少しずつ夢への道がはっきりしてきた。
「12歳から学校へ通うと聞いたときはその光景を想像できず、あまり気乗りしませんでした。舞姫は学生の中から選ばれるようなので、今はとてもやる気に満ちています」
勉強、がんばらなきゃな。めんどいけど、舞姫の審査に成績ってきっと入ってるよね?学生だもんね。
前世の母の「バレエダンサーになるのはいいけれど、勉強をしない言い訳にはならないからね」という言葉を思い出す。
わかってるよお母さん、そしてあの時はありがとうお母さん。おかげで団員になったそのあと、想像していなかった事務・経理仕事で役に立った。
「あの、ハーゲンティ様?」
マルティムに名前を呼ばれてハっとする。考え事をしていて、いつの間にか私は遠い眼をしていたようだ。
「お話の途中でしたのに、失礼いたしました」
「いいえ」
マルティムも同じように私の耳元で話してくれる。
「いいえ、ハーゲンティ様がすでに将来の目標を決めているお姿に、えっと」
しかし言葉に詰まってしまう。その気持ちは同じ6歳として痛いほどわかる。適切な言葉が浮かんでこないのだ。いくら教育を受けていると言っても6歳の語彙。
私の場合はここにさらにもどかしさが追加される。中身が大人で伝えたい内容が自分の中でハッキリしていても、この国の言葉がわからなくて話せないことがしょっちゅうだ。
お互い、いつもなら自分の側仕えに質問するのだが、今日この場には公爵家以外の側近は入場を許可されていない。マルティムは両親が少し離れた場所で別の貴族と交流中のため、困った表情で固まってしまった。
「マルティムありがとうございます。わたくし、目標のためにがんばります」
「はい、ハーゲンティ様」
マルティムは笑顔を返してくれた。今の私の返しがフォローになっていればいいなと思う。もっと勉強をしなきゃと駆り立てられるなか、退場のアナウンスが流れる。
秋の社交、1日目が終わった。
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