第2話 捨てられた子供
私は幼少期健忘がなかった。だから赤ちゃんの時の記憶がある。今から私の、幼少期時代について凛に話そうと思う。
ある時、泣きたい訳でもないのに、泣いていた。そして私の他にもう一人……同じタイミングで生まれた赤ちゃんがいた。二人子供ができるなんて、育てるのが大変なはずなのに、お母さんはそれを表情に出さず、素敵な笑顔で私達をお世話してくれた。だけど……お父さんは、仕事が忙しいのか、顔をあまり見れなかった。お世話をしてくれることもなかった。
誕生日が過ぎて、1歳になった頃、私と同じタイミングで生まれた赤ちゃんが、言葉を発していた。私はまだ「あー」「うー」とかしか話せないけれど、その子は「きれい」や「かっこいい」、「おもしろいよ、これ」など明らかに成長速度が速かった。すると、お父さんはその子ばかりに構うようになった。私には見向きもしなくて。でもお母さんは、両方共に愛情を注いでくれた。私がお父さんの方に行くと冷たくあしらってくる。嫌いなのだろうと、赤ちゃんなのにわかった。
歩けるようになって、段々と喋る言葉を覚えてきた頃、車に乗った。どこにお出かけするんだろうとワクワクが止まらなかった。でも、その時お母さんは泣いていた。お出かけは楽しいもののはずなのに、泣いていたのだ。それが何故なのか分からない。暫くすると、何も知らない森へ父親に降ろされた。ここで何かするのかなと思っていると、両親が何か話していた。
「そいつに構うな」
「だけど……この子だって私達の……」
「こんなバカいらねぇよ。
楽来……その子が私の妹の名前だ。楽来はドアを開けて私の所へ駆け寄ってきた。
「ここでなにするんだろーね、おねえちゃん!」
「わからない、なにするんだろう」
すると、お父さんは楽来を座席へ戻して扉を閉めた。
「おとーさん?」
楽来が窓を開けてお父さんに問いかけると、お父さんは言った。
「暫くしたらまたここに戻るからな」
私に向けて言われて、お父さんは車の運転席に戻った。車が発車された。私は、戻ってくるのだろうと、お父さんを信じて、ずーっとここで待っていた。お腹はぐぅー、と鳴ってしまっても、喉がカラカラになっても。だけど……いつまで経っても車はここに来なかった。
外が暗くなり始めた時、急に周りが怖く感じた。でも大丈夫、きっと、来てくれる。そう、信じてる。だけど怖くて、自然と涙が出た。
「うっ……うわあああん!!」
泣いても泣いても、誰も助けてくれやしないのに。そう思ってても、体は言う事をきかない。その時、知らない人が私を見つけた。
「え、もう夜暗いけど……なんでここに子供が……?君、お父さんとお母さんはどうしたの?」
「おとーさんっ……またここくるって……いってた…っ…」
声が震え、上手く声が出なかった。
「……そっかぁ……」
するとその人は「ここから動かないでね」と言って携帯を取り出した。耳に携帯を当てて何か喋っていた。涙も止まった後、暫くここにこの人といると、警察の人達が来た。
「ご協力感謝致します」
「いえいえ」
「君、お名前は何かな?」
ある人が私に声をかけた。私の名前は……
「みらい……はるかぜみらい」
「そっか、ありがとう。怖かったね、未来ちゃん。もう平気だからね」
その人は優しい顔で、私を車の中に乗せた。どこに連れていかれるんだろうと、怖くて、心臓の鼓動が大きくなった。止まったはずの涙も自然に溢れ出てきた。
「ぅ……はっ、はっ、はっ、はっ」
「大丈夫!?」
呼吸が出来なくて、苦しくて。どうすればいいのかわからなくなっていった。これは何というのか、子供の私には理解ができなかった。
「はっ、はひゅっ、はっ、はっ」
「ゆっくり息を吸って、吐くんだ。僕と合わせて。すぅ〜、はぁ〜……」
言われた通りに、深呼吸をゆっくりとしてみた。
「はひゅっ、すぅーっ、はぁーっ……すぅーっ、はぁーっ……」
「そう、上手」
少しずつだけど、落ち着いてきた。だけど、不安は止まらなかった。何故だろう。もう、暗い所には居ないはずなのに。私は何に不安を感じてるんだろうか。そもそもどこに向かっているんだろう。涙は自然と流れ続けてて。止まる気配もなかった。その時、運転をしていた人が私に話しかけてきた。
「未来ちゃん、周りを見てごらん」
「まわり……?」
言われた通り周りを見てみると、外がキラキラと光っていた。
「わぁっ……!きれい!」
暖色系の光が多く、心に安らぎが与えられていた。見ていると、暖かいような……癒されているような……そんな感じがした。
「これ、なんていうの?」
「イルミネーションって言うんだよ」
「いるみ……ねーしょん……?」
当時の私には難しい言葉だった。分からなくて首を傾げていた。だけど、いつの間にか、涙は引っ込んでいて、私はイルミネーションに夢中になっていた。暫く見ていると、少しずつ眠気が襲ってきた。あくびをして、静かに眠りについた。
外は光に包まれていた。
目が覚めると、天井が見えた。状態を起こして辺りを見渡すと知らない場所。ベッドが沢山置いてあり、人がいない。段々と怖くなって、涙がぽろりと流れると、扉がいきなり開かれた。
「もう起きてたの?」
その人はベッドに座った。私も恐る恐る隣に座った。何故かは分からない、どうして私は、警戒をしなかったのか。すると、その人は優しく私の背中に手を置いた。そして優しい声で私に語り掛けた。
「怖かったね、一人で暗い場所にいて。よく頑張ったね、偉いよ。偉い偉い」
「……っ」
この人の言葉の一つ一つが、柔らかく感じた。どこか、安心するような、居心地がいいような……そんな感じも。それのせいなのか、先程まで少し出ていた涙がいきなり溢れ出した。
「うっ、うっ……うわあああん!!!」
「よしよし」
その人に飛びついて、思う存分泣いた。その人は優しく頭を撫でてくれた。
「おとーさんっ……おかーさんっ……どこいっちゃったのぉ……っ?」
「お父さんとお母さんはね、今遠い所にいるの。でも大丈夫、いつか迎えに来てくれるよ」
「ほ、ほんとっ……?」
「うん、本当。そうだ、名前言ってなかったね。私の名前は
その人……望愛に言われた通り、自分の名前と年齢を教えた。誕生日は分からなかった。
「……はるかぜみらい、よんさい!おたんじょうびってなぁに……?」
「……お誕生日っていうのは、生まれてきてくれてありがとうっていう、その人にとって特別な日の事だよ」
「……!」
そんな日があるんだと初めて知った。そういえば、たまーに、ケーキが出てきたり、プレゼントを買って貰える日があったような……?でも、思い返してみても、その日の日付は分からなかった。
「今日から君は、君の両親が迎えに来てくれるまでここで暮らすんだ。でも大丈夫だよ、一人じゃない。未来ちゃんと同じ年齢の人沢山いるから、お友達沢山作ってね」
「……!うん!」
私は元気よく返事をした。
ここは児童養護施設。私は4歳の時からここで暮らしている。虐待を受けてきた子や、貧困で育てられなかったりとか、捨てられた子とか……そういう人達が集まる所だ。だからこそ、人の痛みとか辛さがより深くわかる人が多い。案の定、うちの施設はそういった人達が多くていじめは起きなかった。
お話を終えると、凛は悲しそうな顔をした。初めは表情をあまり動かせないのかなと思ったけど、そんなことはない。この子にもちゃんと感情がある。
「……そっか、それで……」
「凛が気に病む必要ないってば!」
「酷い質問、しちゃったなと思って……」
「ううん、全然いいよ」
私が微笑むと、凛は普通の表情に戻った。小顔で、ショートボブで、とても可愛らしくて……でもこの子も、何か深い事情があってここに来たんだ。それを聞くのはあまり宜しくない事だ。そう思い、いつの間にか食べ終わっていた食器を厨房に片付けようと席にたつと、大きな怒鳴り声が聞こえた。
「私に兄なんていない!!!」
ビクッと震え、凛は少し怖がっていた。私は「大丈夫だよ」と一声をかけた。そして先程の怒鳴り声は聞き覚えがある。
「……麗愛ちゃん……?」
麗愛だ。先程まで一人で食べていた筈なのに、今は誰かと一緒に食べていたのか。それで会話の途中に……
「……ご、ごめんね!麗愛ちゃんの気に障るような事をいって……!でも、栄光くんと似ていたから……」
「……うるさい、もう話しかけないで!」
そういって、麗愛は食堂から抜けていった。騒ぎを聞いていた大人はその子と麗愛の元に行った。それから凛が口を開いた。
「……未来はさっき、麗愛には兄がいるって言ってたよね?でも……なんでお兄さんはいないってあの子言ったの?何でお兄さんの方も妹の心配する筈なのに麗愛を探してる人が居ないの?家族なのに……」
「……」
私には双子の妹がいた。でも妹とは離れ離れになった。麗愛は私と違って、兄妹揃ってここに入れられてるのに、どうしてそんな事言うんだろう。
楽しい食事が楽しくなくなってしまった。
人の優しさに初めて触れて @AIKAmayu
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