人の優しさに初めて触れて

@AIKAmayu

第1話 虐待

「うるさい、黙れ!!」

 大きく怒鳴っている声が家中に響き渡った。背中に壁が当たり、そして一つ、また一つと私の身体に傷が出来上がっていく。「痛い」と叫んでも「辛い」と嘆いても、誰も助けてくれない。私の居場所は、ここにはない。名前もいつの日からか呼ばれなくなった。あれ、私の名前ってなんだっけ。

「早く皿洗ってくれない?カビが生えるんだけど」

「寝っ転がってる暇あんなら働け」

起きなきゃ、また怒られる。そう思って、急いで立って、皿洗いを始めた。先程できた傷が水に染みる。

「それ終わったら外いくからね」

「……」

「返事は!?」

「……っ、はい!!」

ああ、またか、と気持ちが沈んだ。外に自分から行ったことがない。親とならたまに行ったりするがそういう時は大抵大人のストレス発散道具として扱われる。外の世界を私は知らない。

「……終わったよ」

「じゃ、そのまま外いくから。着いてきて」

皿洗いが終わり、母親について行った。怖くて、段々と呼吸が荒くなっていくのがわかる。両親からの虐待よりもこれの方が圧倒的に辛いからだ。

「じゃ、この子好きにやって貰って構わないから」

「毎度ありがとな〜?ほら、お金」

「ふふっ、ありがとう」

母親は遠くで私たちを見ていた。目の前にいるのは男二人と女一人の大人。

「はぁっ……はぁっ……」

ニヤリと口角を上げている顔が怖かった。

「俺さあ、今めっっちゃイラついてんの。でも怪我してるみたいだし、それ以外で怪我作っとくわ」

脚で体を蹴られた。かはっ、と自然に声が漏れた。

「まじぃ?私完全にアザのところ狙おっかなーって思ってた〜!」

「うぐっ……!」

殴られて、蹴られてを沢山繰り返される。そろそろきつくなってきて、涙がこぼれおちた。

「……はぁっ、はぁっ……!や、やだっ……!」

「ああ?うるせえよ!」

「うっ……!」

抵抗したって無駄なのに。なぜ、無駄なことをしてしまうんだろう。

「いたっ……!」

「どうせその傷治らねぇんだから気にすんな!」

全身が痛い。こういう時が両親に殴られる時よりも一番辛くて、私に味方は居ないんだって常々思う。

数分も経った後、両親が来た。

「そろそろ時間よ。今日はここまで」

「おっ、そうだな。そんじゃまた後日やらせてもらうわ」

大人三人が帰ろうとした時、パトカーの音が周りに響き渡った。そしてその車は私たちを囲った。

「え、何!?」

「貴方達に児童虐待の容疑がかかっています。一度本部までご同行願います」

青い服を着た人達が次々に大人と親をパトカーに乗せていった。そしてある人が私に声をかけた。

「もう大丈夫だ、怖かったね。よく頑張ったね」

「っ……!」

手を差し伸べられた途端、殴られるかと思って必死に後ろに下がった。大人が怖い。警察はいつでも味方だってテレビで聞いた事はある。だけど……それでも怖くて、信じる事が出来ない。

「来るなっ……来ないでよ……!!」

そう言っても、警察の人達は諦めずに手を差し伸べ続けていた。私はそれを振り払った。

「はぁっ……はぁっ……」

「大丈夫、安心して」

「はっ、はっ、はっ……!」

するといきなり過呼吸になり、酸素がなくなったのか、私は倒れた。その後のことはよく覚えてない。


気がつくと、私は知らない部屋にいた。ふかふかの布団と枕に寝っ転がっていて、起き上がると、痛みは感じなかった。怪我の手当がしてあるようだった。すると、扉が開かれ、一人の少女が入ってきた。

「わあっ!新しい子だ!!」

長い髪にハーフアップで結んでいるその子は近寄ってきて言った。

「はじめまして、私の名前は 春風はるかぜ 未来みらい!貴方の名前は?」

未来は微笑みながら言った。見たところ、裏はなさそうで、同い年くらいに見えた。

「……私の……名前……?」

「そう、貴方のお名前!」

名前を呼ばれた事がなかったから分からなかった。私の名前はなんだろう。

「分からない……名前、よんで貰えてなかったから」

「そっか……あっ、そこのベットに名前書いてあるじゃん!ほら」

「えっ?」

未来が指を指している方に顔を向けてみるとそこには『安藤あんどう りん』と書かれたネームプレートがあった。そうか、私の名前、凛って言うんだ。

「凛って言うんだ、宜しくね凛!」

「……」

「ねえ、私と『トモダチ』にならない?」

「トモ……ダチ……?」

トモダチってなんだろう。初めて聞いた言葉だった。私が首を傾げると未来は言った。

「知らない?トモダチっていうのはね、一緒にいて楽しい人の事を言うんだよ!」

「一緒にいて……楽しい……?未来は、私といて楽しいって思ってるの……?」

「今は会ったばかりだからあまり思ってないけど、でもこれから接していくにつれて楽しくなりそうだなーって予感がしたの!ね、友達になろ?」

「……うん、分かった」

「えへへ、やったぁ!」

そういえばと、私は未来に聞きたいことがあり、聞いた。

「未来、ここはどこなの……?」

「ここはね、児童保護施設っていう所でーー」

未来はここの施設について詳しく教えてくれた。ここにいる子供のこと、食事のこと、決まりのこと、学校のことも全て。

「それでね……」

その時、ぐぅーーとお腹の音がした。完全に私のお腹の音だ。だけど、親からはあまりご飯を食べさせて貰えなかったし、こうなるのは当然だと思っていると未来は急に立って言った。

「お腹すいてるなら食堂に行こうよ!丁度今お昼ご飯の時間だしさ!」

ニコッと微笑んでいた。未来は笑顔がとても上手くて、可愛らしい。未来に手を差し伸べられると、自然と手を取った。警察からの手は振り払った筈なのに。同い年くらいの子には警戒していなかった。

暫く廊下を歩いていると、未来が「ここだよ」と言って、扉を開けた。中には年齢や身長、性別が違う人達が何人もいた。

「机はここにしよっかな〜……」

「……お昼ご飯ってどんなの?」

「ん?お昼ご飯は、毎日違うんだけど……とっても美味しいの!!そういう専門家の調理師さん?が献立考えてるんだ。ご飯取ってくるから待ってて!」

未来はそういうと、席から立って、奥の方まで行ってしまった。数分が経った後、未来は二つの容器を持ってきて、私の前と自分の前に置いていた。

「これ……何?」

「これはね、ドリアって言うんだよ!私の大好物なんだー!」

こんがりと焼きあがったホワイトソース、チーズがあり、そこには沢山の具材も含まれている。貰ったスプーンで分けてみると、下にはご飯が敷き詰められていた。

「初めてみる……」

今まで食べていたものは精々ご飯と納豆くらいで、それ以外の物は食べたことがなかった。はむっと一口食べてみるとホワイトソースとチーズのクリーミーな味わいが口の中に広がる。そしてその中に混ざっている具材もいい。

「……美味しい」

「ほんと?良かった!」

未来はふふっ、と微笑み、自分のドリアを口の中に含んでいた。

暫くドリアに夢中になっていると、未来が言った。

「そういえば……凛って歳いくつ?同い年だったら、学校で同じクラスになれるかもって思って!」

「歳……」

「見た目は同い年に見えるんだけど……」

「確か……13」

「え、13!?同じだ!!私も13なんだ!じゃあ同じ学校だね!」

学校……と少し考え込んだ。自分には家庭教師しか居なくて、学校に行ったことがなかった。

「学校に行ったことない……」

「そうなの?学校、とっても楽しいよ!友達沢山できるし、イベントもあるし!」

「そうなんだ……楽しそう……!」

「でしょ?」

そういわれると、少し胸がドキドキしてきた。こんな体験は初めてだ。すると、ワイワイと話し声が聞こえてくる中で、近くに一人で座っている女の子を見つけた。他は誰かと食べている人が多いが、その人は一人だけだ。私は未来に聞いた。

「ねぇ、あの子……一人で食べてるけど……いつもそうなの?」

すると、未来は教えてくれた。

「うん、私と同じクラスの子なんだけど……あまり人と話すの得意じゃないみたいなんだよね。だけど成績は優秀だし、同級生からも先生からも沢山頼られてるよ」

「そうなんだ……名前は?」

「確か……篠原しのはら 麗愛れあだった気がする」

麗愛って言うんだ……と思った時、「ん?」と何か引っかかった。

「漢字は?」

「綺麗の麗に愛情の愛で、麗愛」

「……それで『れあ』って読むんだ」

「なんかキラキラネームっぽいよね……その子お兄さんがいるんだけど……その人も栄光って読んで『ひかる』って読むらしいし」

複雑な環境下で生まれてきた子達なのかなと思った。ここの施設はそういう人達が集まる所なんだ。私だって、虐待されて……その子達もそんな名前をつけられて……

「……ここの施設って、家庭に問題がある人達が集まるんだよね?」

「うん、そうだよ」

「なら……未来も家庭に何らかの事情があったってこと?」

「……家庭、なのかなぁ……?私、捨てられてたんだよね」

「えっ……」

未来は一気に暗い顔になった。そしてそのまま話してくれた。

「幼児期健忘って分かる?」

「初めて聞いた」

「人は生まれつき、1〜3歳の記憶が無い。だけど……稀にそれを覚えてる人が存在する。私はその中の一人なんだ」

「っていうことは……捨てられた頃の記憶があるってこと?」

「……うん、そうだよ」

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