好きな女には……
会場とを仕切る扉が開いて中から人が出て来た。ビクリとする。
でも、すぐにホッとした。レウルスだった。
「お前、ルイーズ嬢と同郷だろ?彼女の面倒を宜しくな。オレは帰る」
ギャエルはレウルスの背中をポンと叩くと、会場に楽器を取りに戻って行く。
「あの下品な貴族にからまれていたようだが、大丈夫だったか?」
「ギャエルが庇ってくれたのよ。メッツォとは石炭のことで争っているから私にひどいことを言うのですって」
「どこにでも下劣なやつはいるな」
ルイーズはレウルスと話しながらも、誰かが会場から出て来るのではと気になった。
「なんだか、落ち着かない顔をしているな?」
「侯爵から私は“悪女”と呼ばれていると聞いたの。あなたと2人きりでいるところを見られたら、格好の餌食になるわ」
レウルスに被害が及んだら嫌だ。
「レウルス、私から離れて。ここでは2人きりで話さない方がいいわ」
ルイーズが言うと、レウルスの手が伸びてくる。
「今、私に触れたらダメよ」
「でも、震えている」
怒りと悲しさで震えていたみたいだ。自分でも気づかなかった。
「もう帰りましょう。ギャエルも帰ったし」
「ああ」
会場に戻ると、楽器を回収する。視線を感じたが無視した。
「アードルフ様はお優しいからどんな女性も受け入れてしまうのね。ルイーズ嬢と終ったと思ったら、またあのエレオーラを相手にするなんて」
(アードルフと一緒にいた時はそんなことを一言も言わなかったくせに。それにしてもエレオーラを悪く言う人もいるのね)
人によってある程度、解釈はことなるようだ。だが、そもそもウワサを広めているのは音楽院の生徒だと思われた。音楽院には、貴族の生徒や貴族の邸宅に出入りする生徒もたくさんいる。
「早く帰ろう」
レウルスは楽器を持つと、ルイーズを急かした。
会場を出て馬車に乗ると、レウルスが口を開いた。
「なんだか、いろいろと急に好き勝手に言われ始めたな。薄情なやつらだ」
「貴族がウワサ好きなのはどこも一緒だわ」
「気にするだけ自分が損をする。気に病めばやつらはさらに面白がるだろう」
「分かっているわ。だけど、根本を解決しなければ解決しないでしょうね」
レウルスを見つめると、彼は表情を緩めた。
「毅然としたことを言うわりには、目に涙を溜めている」
「……屋敷に寄って行って」
「もちろんだ」
皆が会場から帰る前に馬車に乗ったから自分たちのことは誰にも見られていないはずだ。万が一、誰かが見ていればデニスが知らせてくれる。
屋敷に着くと、ジーナはお茶の用意に手間取るフリをして少しの間、席を外してくれた。
「......ルイーズ」
レウルスが2人きりになると、ルイーズを抱きしめた。いつもなら、“距離をとらなきゃ”とルイーズが止めるが、今日はなにも言わずレウルスを抱きしめ返した。
「私、悔しかったわ」
「分かってる。誰にも文句なんて言わせるものか」
レウルスはそのままルイーズに口づけた。
ルイーズも彼の首に手を回す。久しぶりに深い口づけをした。甘えたい気持ちがMAXだった。
..........コンコンと扉をノックする音が聞こえた。絶妙なタイミングである。
「お嬢様、お茶の用意ができたので、入っても宜しいですか?」
「……ここまでだな」
「ええ。私、髪の毛乱れていない?」
「大丈夫だ。早く返事をしないと突撃されるぞ」
うなずくとジーナに声をかける。
「入って」
ジーナがなんだか生暖かい目で見てくる。恥ずかしい。
「ジーナ、レウルスの夕食も……」
「もちろん、用意しております」
屋敷の者がレウルスに好意的なので、屋敷内でこうして節度を持って会う分には人の目を気にすることもない。
2人で夕食までアンサンブルしたり、音楽理論についても語り合ったりした。彼とすることはどれも楽しい。
夕食が終わると、レウルスも音楽院の寮に帰る時間となる。玄関までレウルスを見送りに来ると、レウルスが口を開いた。
「ルイーズ、なんだかまだ表情が硬いな。……あと1年、トリアにいることは耐えられそうか?」
「え?」
レウルスは常に前を向いて努力することが大切だと言う人だと思っていたから、意外なことを聞かれたと思った。
「あなたがそんなことを聞くなんて」
「……確かにいつもなら、悔しいなら上を目指して進むしかない、と言うところだ。だが……好きな女には苦労させたくない気持ちはある」
「レウルス……。私は大丈夫。負けないわ」
レウルスはルイーズの手を取ると口づけた。
いつの間に身につけたのか、彼はキスしながら上目遣いで見上げて来る。妙にセクシーでドキドキした。
(彼、痩せたのもあって、こういうのがなんだかサマになるわ。......心臓に悪い)
ドギマギしていると、馬車の方からヒュウッと口笛が聞こえた。
ニヤニヤしたデニスが一部始終を見ていたのだった。
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