下品なゴーチエ侯爵

選抜メンバーによる演奏会にはトリアの王族と貴族が出席していた。


「ルイーズ、身体をほぐしておいた方がいいよ」

「ええ」


舞台袖では演奏を前に身体を伸ばす生徒が多く見られた。身体を伸ばすと緊張がとれると、いつしか広がった光景である。


舞台に登場すると、拍手で迎えられた。


最初は、正統派クラシックから始まって、歌劇の曲など盛り上がる曲を演奏していく。


早いテンポの曲を弾くと、観客たちもノッてくるのが分かった。チェロのベースが迫力ある演奏となり、弾いている自分たちも気分が高揚する。


ちなみに、この曲ではバイオリンは立って弾いているから、リズムに乗って身体を動かしやすい。その中でもひときわ目を引くほど、身体を大きく踊るように動かす男子生徒がいた。


(彼、すごい自由に弾くわね。さすが、金賞の人だわ)


彼は、ギャエルといって同学年の中でもズバ抜けた才能を持つバイオリニストだった。なんだか、鬼気迫る見た目がコワくて、まだ話したことはない。


タンゴも演奏すると非常に反応が良かった。どうもリズムが良い曲はやっぱり反応がいいみたいだ。


(華やかな曲は人気ね。演奏会をやる際の参考にしてみましょう)


演奏が終わると、舞台にはけた。


拍手が鳴り続ける中、もう一度、舞台に戻ってアンコールの曲の準備をすると、人気の演劇曲を奏でる。


「アードルフ君の元彼女、なかなかいいぞ~!」


拍手に交じって、どこからか変なヤジが聞こえた。声のした方を見ると、下品な笑いを浮かべた太った男がいた。目が合ってもニヤニヤとしている。


舞台袖に戻ると、胸を抑えた。


「誰だあいつは?」


レウルスが側に来て言う。フローレンスが口を開いた。


「あいつ、ゴーチエ侯爵だよ。石炭の山を持っていて、いつも大きな顔をしているムカつくやつ。ルイーズ、あいつの言うことなんて気にしちゃダメ」

「そうだ、あれの言うことなんて気にするな」


急に話に割入って来たのは、さっき身体を大きく自由に動かして演奏していたギャエルだった。


「あ、ありがとう」

「礼を言われるほどじゃない。あいつ、オレの叔父なんだよ。下品でみっともねえ。すまねえな」


ギャエルは想像通り荒っぽい話し方をする人だった。でも、言うことはすごく真っ当だ。


「改めて言うのもなんだけれど、私はルイーズよ」

「ほんと、今さらだな。あんた、コンクールで特別賞だった子だろ?で、お前は金賞だったな」


意外にも彼はルイーズのこともレウルスのことも把握していた。


「ちょっと、私のことは?」

「ん?あんたは王室とゆかりのあるフローレンス嬢だ。あんたのチェロ、なかなかいいぜ」

「ふうん、よろしい」


乱暴な口の聞き方な割に、やっぱりきちんと情報を把握していた。


...........演奏が終わると、王族や貴族たちと歓談となる。毎回、この流れになるのがイヤだった。


「おやおや、君はルイーズ嬢だよねえ。君はきちんとバイオリンを弾けるんだねえ」


さっきのゴーチエ侯爵だった。くちびるが分厚くてしまりのない顔をしている。


「私は一応、コンクールで入賞しておりますから」

「ふん、私の甥は金賞だったがなあ。それもバイオリン部門の」

「それは私の実力不足ですわ」


この下品な貴族と話したくないが、フローレンスもレウルスもほかの貴族に話しかけられていて隣にいない。


「おい、下品な真似はやめろって言ってんだろ。おっさんよ」


ギャエルがルイーズと侯爵との間に入る。


「お前、こういう場ではその話し方を止めろと言っているだろ」

「叔父上が品のない話し方をするからですよ」


ギャエルが侯爵を睨みつける。


「お前、その令嬢とは距離を保っていた方が身のためだぞ。今、その令嬢がトリアの貴族間でなんて言われているか知っているか?......“悪女”だよ」


ルイーズは思わず眉をひそめた。


(気を付けていてもこう呼ばれることになるのね……)


レウルスとは一定の距離を置いているし、まわりにとやかく言われるようなことはしていないはずだ。


「あんた、なにを言っているんだ?」

「その話し方をやめろと言っただろ!」

「......ちょっと、お聞きしたいことがあります。私がなぜ“悪女”なのですか?」

「おや、本人が状況を把握していない様子だ。アードルフ君は寛大にもかつての婚約者を許して彼女を支えている。あんたはメッツォの王子の婚約者だったんだろう?ずいぶんと移り気なんだなあ。あちこちと付き合って忙しいだろ?エレオーラ嬢はあんたがいなければ、気を病むこともなかっただろうに」


ずいぶんな言い草だった。悔しくなる。


「叔父上、あんたは間違ってる。オレは同じ音楽院にいて、ルイーズ嬢はそんなことをする人じゃないと分かっている。いつも放課後、練習室で仲間と練習しているマジメな生徒だ」


「愚かだな。事実か事実ではないかが大事なんじゃない。そういう風にウワサされていることが問題なんだよ。所詮は外国人だ。誰も味方なんてせんさ」


トリアに来て、好意的に見られていたと思っていたが、外国人の自分に敵意を持つ人もいたのだ。


(悔しい……)


「ルイーズ嬢、あちらにいこう。こんなやつを相手にしてもムダだ」

「なんという口の聞き方をする!」

「あんたは自分がどう見られているか顧みるべきだな」

「なんだとこら!」


声を荒げる侯爵を置いて、ギャエルがルイーズを会場の外に連れ出した。


「もう、こんな所でムダなおしゃべりをする必要はない。帰ろうぜ」

「ありがとう……」

「叔父はメッツォと石炭のことでモメてるから、ルイーズに攻撃的なんだ。気にするな」

「そうだったの......。でも、さすがに心が折れそうだわ」

「ごめんな」


ルイーズはこぼれそうになる涙をこらえたのだった。

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