不機嫌なアードルフ

放課後になると、アードルフは宣言通りに教室の前でルイーズを待っていた。


「アードルフ、本当に待っていたのね」

「そう言っただろう?」


アードルフはまだ不機嫌だった。


(私こそ話してもらいたいことを話してもらえないのに、不機嫌になられるなんて理不尽だわ)


いっそのこと、エレオーラのことを言おうかと思ったが、話せば自分がアードルフを見張っていたことも知られることになるだろう。あまり得策とは思えなかった。


「ルイーズ、その主催者というのはいつ来るんだ?」

「もう来ているかもしれないわ。彼は、夏の演奏旅行の許可を取るだけでなく、恩師に会うと言っていたから」

「その主催者とは男なんだな?それでウイナ音楽院出身者か」


アードルフがつんけんした言い方をする。やりとりを見ていたレウルスが口を挟んだ。


「お前、いなかった割に偉そうだな。ルイーズの側から離れていたのはお前のくせに」

「……事情があったんだ!」

「事情ってなんだよ?」


レウルスが分かっていながら突っかかる。


「......それについては今度、きちんとルイーズに話すつもりだ」


アードルフはエレオーラの件を説明するつもりではいるようだ。


(でも、今度っていつ?それまでこの状態を続けるつもりなのかしら.......)


もう、すっかりアードルフとはおかしな空気になりかけている。これが続くのかと思うとつらかった。


「クリスティアンは、職員室にいると思うから行きましょう」


職員室の前にやって来ると、部屋の中から賑やかな声が聞こえてきた。


「......ベンヤミン先生の音楽構成論は面白かったですよ!すぐ話が脱線して!」


上機嫌に話すクリスティアンがいた。ベンヤミン先生も楽しそうに話している。


「あの陽気に話している人がクリスティアンよ」


ルイーズが言うと、アードルフはクリスティアンの元へズンズンと近づいて行った。


慌ててルイーズが追いかける。


「ご歓談中のところ申し訳ございません。ベンヤミン先生、僕も話に混ぜて頂けませんか?」

「ああ、アードルフ君。君の恋人であるルイーズ嬢がクリスティアン主催の演奏旅行に参加するんだってね」

「そうみたいですね。僕は一言も聞いていなかったのですが」

「え!?......ならクリスティアン、しっかりと説明してあげないと!ほら、食堂でお茶でもして来るといいよ」


ベンヤミン先生は、アードルフがなにも聞いていないと知って、慌てだした。彼はトリアの王室と親交があるからアードルフに気を使っているらしい。


「おお!僕も食堂に行きたかったのですよ。じゃあさっそく行こう!」


クリスティアンはアードルフの発言など意に介さず、楽し気に職員室を出て行く。


(クリスティアンもいい意味で鈍感だわ。逆に良かったけれど)


「レウルス、フローレンスとコンラートも食堂に呼んできてもらえないかしら?説明するなら彼らもいた方がいいわ」

「分かった」


先にアードルフと食堂に向かうと、クリスティアンは懐かしそうに食堂を見渡していた。


「懐かしい!ほら、僕はかつてあの辺りに座ってランチしていたんだ!」


メニューもルンルンした様子で見ている。


「......ルイーズ。あの人はああいう人なのか?」


毒気を抜かれたらしいアードルフが尋ねる。


「そうよ。あなたは知らないみたいだけど、彼はフローレンスたちの幼馴染でもあるわ」

「へえ」


クリスティアンが少々ズレた人物だと分かると安心したのか、アードルフの表情が柔らかくなった。ルイーズの顔に触れてくる。


「さっきは厳しい言い方をして悪かった」

「いえ......」


(どうやら、少し落ち着いたみたい。これなら演奏旅行に行くのも理解してくれるわよね)


しばらくすると、フローレンスとコンラートも食堂に駆けつけて来た。


「フローレンス!コンラート!」


昨日会ったばかりだというのに、クリスティアンは久々の再会であるかのように手を広げて、彼らを歓迎した。


「クリスティアンたら大げさ。昨日ぶりでしょ」

「いやあ、僕は久々にこの懐かしい音楽院に来て感動しているのさ。なにか曲が思いつきそうだ」

「そう。それよりほら、ルイーズの恋人もいることだし、演奏旅行に連れて行く前に彼にも説明しておかないと」


フローレンスが仕切ってくれる。


...........一通り話し終えると、腕を組んでいたアードルフは口を開いた。


「言うことは分かったが、僕はその演奏旅行に反対だな」


アードルフの言葉に皆、驚いた顔をした。レウルスも同じく驚いていたから、彼に反対する気持ちがなかったのが分かる。


「なんで?ルイーズのためになるよ?」

「なんでって、僕がいないじゃないか。この夏、ルイーズと離れ離れになってしまう」

「心配なら、アードルフ兄も付いて来ればいいじゃない」

「ただの付き添いで?僕にだってプライドがある。演奏もしないのに行くわけにいかない」


クリスティアンがアードルフの不満を聞いて、困った顔をした。


「えーと、アードルフ君的には自分も参加したいということかな?.........でも、ごめん。僕としてはこのメンバーのバランスが良いと思っていてさ。四重奏で進めたいんだよね」


折れる様子のないクリスティアンの言葉に、アードルフの表情が険しくなったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る