コンクールと、揺れる心と

コンクールのある時期は音楽院も忙しい時期となる。


基本的にウイナ音楽院に入学する者は音楽家を志して各地から集まる所なので、コンクールがあれば皆、よっぽどの理由が無ければ応募する。中には基準に満たない者も稀にいるが。


ルイーズは本格的なコンクールは初めてだったから、緊張した毎日を送っていた。基礎をおろそかにすると弓の扱いや指使い、音程やリズムなどの感覚が疎くなってしまうので休むわけにいかない。


「ルイーズ、気負い過ぎてない?練習は大切だけど、リラックスが大事だよ」


コンクール出場経験が豊富なアードルフは余裕があるみたいだった。


「アードルフは慣れているからいいけれど、私はそういうわけにはいかないわ。メッツォを代表して来ているのもあるし、実績を積まねば」

「余計な力が入っているといい演奏はできないよ」


アードルフがルイーズの肩を揉む。


「くすぐったいわ」

「僕を見て」


アードルフがルイーズを自分の膝の上に乗せる。


「ここは音楽院よ。やめて」

「最近のルイーズは冷たい」


放課後の練習室だった。最近はコンクール出場のための練習をする生徒が多く、それぞれで自分の課題曲を練習している。


「アードルフ、今の私はバイオリンの表現の仕方や技術的なアドバイスをもらえる方が嬉しいの。離れて」

「う~ん、そういうことなら」


ルイーズに追い払われて席を立ったアードルフは、ルイーズの楽譜を手に取る。


「さっきのルイーズの演奏だと、もう少しここの音符を意識してパート練習をした方がいいと思ったよ」

「そういうアドバイスをもらいたかったのよ」

「アドバイスならいくらでもするけどさ、休息は大事だよ。だって、気持ちに余裕がないと、良い演奏はできないもんだ」


アードルフがニッコリして言う。


「………ごめんなさい。私、余裕がなくて。冷たくしてしまったわ」


八つ当たりをしてしまったのもあって、アードルフに近づくと頬にキスした。


「音楽院内ではくっついたらダメだったんじゃないの?」

「これは特別。あなたに冷たくしてしまったから」

「じゃあ、わざと冷たくされてキスで反省してもらおうかな」

「そういうことじゃないでしょう?」


苦笑しながら言うと、アードルフが笑っていた。


…………練習室の側をたまたま通りかかったレウルスは、運悪くルイーズがアードルフにキスする姿を見てしまった。


胸がズキリと痛む。


(ルイーズがどんどん離れていく……)


あの微妙な話し合いからまた日が過ぎていた。今は自分もコンクールに向けて練習をしている。


ルイーズがコンクールに出場するというのは知っていた。音楽院ではコンクールに応募した者の名前はホールの壁に張り出される。途中経過も逐一、公開される。


レウルスはもどかしい気持ちと言葉にならないルイーズへの想いを音楽で発散していくしかなかった。でも、音楽に純粋に没頭しようと思っても、どうしてもルイーズとアードルフの姿が浮かんできてしまった。


だが、そんな気持ちを抱えての演奏は意外にもまわりからは評判がよく、コンクールの地区予選も着々と勝ち進んでいた。


(この狂おしい気持ちが好演奏につながるとはな)


ルイーズも順調に勝ち進んでいるようだった。途中経過を見るにまずまずの成績であるようだ。


ルイーズの演奏を支えているのがアードルフだと思うと、愉快な気持ちにはなれなかったが、彼女が予選を勝ち抜き演奏に自信を持つことができるのはいいことであると素直に思えた。


レウルスは、ルイーズには音楽を愛して欲しいと思っている。ただの暇つぶしでもなく、趣味でもなく、音楽に真面目に向き合って欲しいと願っているのだ。


だから、いつでも音楽をがんばるように伝えてきたつもりだった。


(オレはオレで必ず金賞を取る)


入賞はもちろん、トップになって評価されなくてはならないと思っていた。自分のためであり、ルイーズと堂々と向き合う立場を手にするためだった。


音楽家は入賞するかしないかで全く立場は変わる。評価されることで、普段は音楽に興味が無い者でも自分を一流の音楽家の仲間として認識するようになる。


(オレは評価されなければならない)


練習をするルイーズとアードルフの姿が目に入ることもあったが、頭から強制的に追い出すようにした。と言っても、頭の片隅からは離れなかったが。


優勝することは、レウルスにとって今までの彼の人生で最大の試練となっていた。


(これを成し遂げたら………きちんと自分の想いを伝えよう)


遅すぎるかもしれないし自分よがりなのかもしれない、そんな思いは常につきまとっている。それでもやらねばならないと思っていた。


...............レウルスは地区予選を勝ち抜き、順調に一次審査と二次審査を経てセミファイナルまで進んだ。


ルイーズの方がどのようになっているかは気になったが、あえて確認しなかった。


そして、ファイナルの日となり、ルイーズへの想いをぶつけるような演奏を終えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る