幸せな気持ち

アードルフはニンマリとしていた。


今は音楽院から帰る馬車の中だった。


今日、音楽院から帰る時にルイーズから言われたのだ。


『私、アードルフときちんと向き合ってみようと思うの』


その言葉を聞いて、心から嬉しく思った。


(レウルスとイザベラ夫人の関係を匂わせてみようかと思っていたが、その必要もなかったようだ)


演奏旅行から帰って来たレウルスは、音楽家として成功するために社交に力を入れ始めたらしいと、噂になっていた。


この前、ルイーズはそんな彼と授業内のカルテット演奏で互いの意見がぶつかり合ったようで、カルテットのメンバーから抜けたと言う。


あの2人が意見でぶつかって不仲になるなど珍しいことだったが、このところ、レウルスが路線を変えたことで亀裂が入ったのかもしれないと思った。


「いいぞ、これこそ運命だろう」


自分が動くまでもなく自然とルイーズが自分の元へと寄り添ってきたのだ。


(いい気分だ。ルイーズとのデートになにを着よう?)


ルイーズに本当の恋人になると言われて、さっそく明日、街でのデートを取り付けたのだった。


(ドレスを買ってあげようか、それともアクセサリーでもプレゼントしようか…)


あれこれ案が浮かんできて楽しくなる。


アードルフは久しぶりの恋に歓喜していた。浮かれてすぐにローレンスたちにも本当の恋人になると伝えてしまった。


(幸せで怖いぐらいだ)


トリア王や王弟である父にもそのうち、正式にルイーズを紹介せねばとまで考えていた。


とにかく嬉しくて仕方がないアードルフだった。


………一方、ルイーズは音楽院から帰る馬車の中で今さっきアードルフに伝えた言葉について考えていた。


(これで良かったはず)


アードルフは最初から自分の力になってくれたし、音楽についても良きアドバイザーだった。それに、彼はトリア王の弟を父に持つ血筋だ。側室の子どもといっても、虐げられることなく大事にされていてトリア王とも仲が良い。


(公爵令嬢の私に合う相手だと言えるわ……)


頭ではそう考えているのに、晴れ晴れしい気持ちになれなかった。


アードルフとの仲を深めようと考えたのは、どうしてもレウルスが関係している。


突き放されるような言葉を言われなければ、アードルフと本当の恋人にはならなかったかもしれない。


(でも、レウルスに言われた言葉はあまりにも............あまりにも独りよがりで自分のことしか考えていない言葉だったわ)


自分が真剣に音楽に向き合うように、ルイーズにも何事も無かったように改めて求めるなんて、無遠慮としか思えなかった。


だから、アードルフに“あなたときちんと向き合おうと思う”と伝えた。彼は分かりやすく喜んでいた。


そのままキスをしてこようとするから、慌てて止めたぐらいだ。


(アードルフっていい人よね……)


アードルフは、レウルスと同い年だが素直で少年ぽさが残る人だなと思う。自分に正直なのだろう。


(付き合うのに裏表ないのはいいことだわ)


自分に正直に気持ちを打ち明けてくれるのはいい。かつてヘンリーの気持ちを理解するのに苦労したから分かりやすいのはとても良かった。


(私、アードルフとなら幸せになれるのかな...........)


前向きに考えると、明日のアードルフとのデートが少し楽しみになってきた。


侍女のジーナを含めた屋敷の者たちはアードルフと恋人のフリをしていた件は知らないから、なぜ、まだアードルフがルイーズにドレスやアクセサリーのプレゼントの1つさえ贈らないのだろうと、ヤキモキしていた。アードルフが気を使って、プレゼントをしようと言ってくれたことはあるが、ルイーズが断っていた。


(明日のデートはショッピングでもしようかしら。自分で買った物をアードルフからのプレゼントだと言て見せれば、皆も安心するでしょう)


ヘンリーからプレゼントをもらったことはあるが、従者任せのプレゼントであったので、もらっても嬉しいという気持ちはあまり起きなかった。そんなこともあって、男性からのプレゼントはあまり期待していない。よっぽど自分で自由に購入した方が良いと思っていた。


「明日は、このワンピースにしましょう」


明日のデートで着る服は、ふんわりとしたピンクのワンピースを選んだ。優しいピンクの色味がデートの気分を盛り上げてくれる。


…………翌日、デートの時間になると、アードルフが張り切って馬車で迎えに来てくれた。


「おはようルイーズ。今日は一段とキレイだ」

「ありがとう。あなたもとてもステキよ」


現れたアードルフはめかし込んでいた。いつもはバイオリンの練習をしてからお茶などに出掛けるのが定石であったから、服装はいつもラフだった。練習がないデートは初めてだった。


アードルフはルイーズの手を取ると、紳士らしく馬車へルイーズを乗せる。洗練された動きはさすがだと感じた。


「今日は、ルイーズになにかプレゼントをしたいんだ。きちんと恋人になった記念にね」

「.........いきなりそんな気を使わなくても」

「そういうわけにいかない。世間ではもう僕たちはとっくに恋人同士だと認識されているのに、なにもプレゼントを贈っていないなんてあり得ないよ」


ちょうど買い物はしたいと思っていたが、アードルフはプレゼントしてくれる気満々だった。


アードルフが張り切っているのには、先日、ついにヘンリーとの婚約がきちんと解消されたのもあるのだろうと思われた。まわりからもアードルフたちは恋人として認識されるようにはなっていたが、ヘンリーとの関係がきちんと清算されないうちは、まわりも気を使っていたっぽい。


(今頃、メッツォでは殿下とリリアン様の結婚で沸いているのだろうな。なんだかんだ国同士が抱える問題はあるけれど、めでたい話で関係は良好に向かうのでしょうね)


ルイーズには慰謝料ではないが、国の負担で3年間の留学期間を認められたのだった。引き続き、トリアとの友好を深めて欲しいとのことだ。


そんなこともあって、アードルフはなにも気にせずルイーズと仲を深めることができる。ルイーズも国同士の意向にも沿う自分の選択は正しかったと思うようにしたのだった。

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