ウイナ音楽院での生活の始まり

翌日からさっそく、授業が始まることになっていた。


学校に通う準備をするのが久しぶりだなあと思う。


教科書やバイオリンを持つとかなりの荷物になるが、護衛が持ってくれるので苦は無い。学園の中まで護衛が入ることも許されていた。


(トリア国としても私に何かあったらと心配だから、いろいろと融通を利かせてくれる。だけど、あまり目立ちたくないわ)


校舎の入口まで運んでもらって荷物を受け取った。あまりの重みに腕がちぎれそうな気がした。


「ルイーズ様、やはり教室までお運びいたします」

「いえ、いいのよ。まずは教科書だけ運ぶわ。バイオリンは後で取りに行くから少しここで待っていて」

「楽器を自分の側から平気で離すなんて」


冷ややかな声がしたと思って、振り返るとウェーブがかったレッドブラウンの髪が印象的な女子生徒が立っていた。背中に楽器ケースを背負っている。大きさからするとチェロだろう。女子生徒はさっさと自分の教室の方へと去って行った。


「何者でしょうか。お嬢様にあのような口の利き方をするなど」

「ああいう人もいるでしょう。楽器を大切にしている分には怒る気にはならないわ」


教科書を運ぼうと手に抱えると自分の教室まで向かう。ここでは音楽中心だが、音楽以外の授業も行われているから教科書がやたらと多い。教室には自分専用の棚があり、教科書も保管しておけると聞いている。


「貸せ」


ぷっくりとした手が伸びてきて教科書をヒョイと持ち上げたのはレウルスだった。


「ありがとう。助かるわ」

「夕食まで世話になったからな。ほら、バイオリンも持って来いよ」

「ええ」


護衛のいる所まですぐ戻り、バイオリンを受け取ってくる。レウルスは待っていてくれた。


「ルイーズの教室はオレとは違うな。オレはまだ語学が未熟だから違う教室だ」

「寂しいわ」

「お、大げさな。.........オレもすぐに語学など身につく」


音楽院では面倒を見られないなどと言っていた割には、荷物を運んでくれるし、気を使う言葉を言ってくれるのだなと思った。


「たしかにレウルスは耳が良いからトリア語もすぐに完璧に身につけられるでしょうね」

「がんばるよ」


呼び方を改めたせいか、レウルスがいつもより親し気な気がした。


「お昼、一緒に食べられるかしら?」

「昼は食堂に行くが」

「では私も食堂に行くわね」


これはチャンスだとばかりに、お昼ご飯もちゃっかり一緒にいられるように言ってみた。


(やはりトリアに来て良かった。こんなにレウルスの近くにいられるなんて最高だわ)


「じゃあ、あとでな」

「ええ」


教室まで教科書を運んでくれたレウルスと別れると授業の用意をする。ウイナ音楽院での初めての授業はまさかの“人類学”だった。


「ヒトの生物的特徴や特質を…」


先程からやって来た担当教師が話しているが、音楽には関係ないと思うとあまり身が入らない。だが、トリア語での授業は全く問題なく受けられることが確認できた。


「先生!人類の多様性とはどんなことがありますか?」


手を挙げる熱心な人がいると思ったら、さっきのレッドブラウンの髪の女性だった。


「フローレンス嬢、初日から質問するとはよい心掛けだ」


フローレンスと呼ばれた彼女はトリア語が堪能だった。しかもキレイなトリア語だから、トリアの王都出身なのかもしれない。


(彼女はチェロを持っていたわね。ということは、いずれレウルスと一緒の授業を受けることになるのかも)


楽器ごとに小さなグループをつくって共に学んでいく授業があった。しかも、学年が上がると気の合う者同士などで弦楽専攻の者は四重奏団をつくると聞いている。


(一応、彼女のことはチェックしておきましょう。フローレンスと言ったわね)


しっかりと頭にインプットした。


1時間目が終わると、その後はほぼ音楽に関係した授業ばかりとなる。音楽漬けになり疲れを感じた頃、やっと昼食の時間となった。


食堂に向かったがレウルスはまだいなかった。


(待たせてはいけないと思って急いで来たらまだ来ていないみたいね)


いつ、レウルスがやって来るのだろうと食堂の入口でウロウロとしていると、プラチナブロンドの髪色の男性に声をかけられた。


「君、新入生?ここに来るのは初めて?」


慣れた様子の学生は上級生らしく、困っていると思って親切に声をかけてくれたらしい。


「はい。人を待っていたのですけれど……」

「そこにいると邪魔になるから、とりあえずこっちで待ってなよ」


プラチナブロンドの彼はルイーズを入口近くの空いてる席に座らせた。


「ここなら待ち合わせ人が来てもすぐに分かるだろ?」

「ありがとうございます」


しっかりと目を見てお礼を言うと、相手の男子生徒が照れた様子を見せた。


「僕はアードルフ。2年生だ。君は?」

「私はルイーズです」

「専攻は?」

「バイオリンです」

「僕もだよ!話が合いそうだなあ。敬語じゃなくていいよ。気楽に話そうよ。それで君は.........」

「ルイーズ!」


声がした方を見ると、眉間にシワを寄せたレウルスが立っていたのだった。

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