開き直ることにすると
部屋に戻ると、先程の憐れむような表情をした父と兄の顔が浮かんだ。
(..........そんなに私って気の毒そうに見えるのかしら)
リリアンがヘンリーに首ったけなのはもはや誰もが知る事実で、ルイーズの挙動は貴族達の関心の的になっている。
自分としては、あのキス事件以降、もはや貴族たちがどう勝手にウワサしようとどうでもいい気がしていた。
(だって、否定したところで、あることないこと好きなように言うのが彼らですもの。自分のことを勝手に言われるのは腹が立つけれど)
近頃、練習に忙しくてウワサ話の宝庫でもある令嬢たちとのお茶会に参加していなかった。こんな時期だから参加しなくてちょうどいいのだが。
楽団の練習に行くと余計なことを気にしなくていいし、単純に楽団の皆と練習することが楽しい。彼らとの会話も好きだ。
(貴族ってプライドがやたらと高くて、見栄ばっかり張ってバカみたいね。そういう自分もかつては彼らと同じように過ごしていたわけだけど)
以前はプライドの張り合いをとある令嬢と繰り広げたこともある。今思えば、プライドは貴族間ではとても重要だけれど、生きていくためには必ずしもそこまで必要ではないと今では思っている。
フルンゼ楽団に入団して彼らとコミュニケーションをとるようになって学んだことだった。むしろ、音楽をやるうえで変なプライドを持つのは邪魔になる。
(変なプライドを持つのは、素直に学ぼうとしないことにつながるわ。分からないことはしっかりと確認して身につけなければならないし)
人を感動させる美しい音を出すためには、ちっぽけなプライドよりも事実に目を向けることが大事なのだ。
(私ってば、本当に丸くなったわねぇ)
外の世界を知ることで、自分のいた世界がいかに狭い世界かと実感している。
(そういう意味でも、フルンゼ楽団は私の大切な居場所なのよ)
バイオリンを手に取ると練習を始めた。
つい最近、レイニーから“旋律は会話みたいなものだよ”と言われた。
『オリビアは演奏中、なにを考えて弾いている?』
『皆に音を合わせて1つの音になるようにと』
『それだけでは足りないな。オリビアの音には深みが必要だ』
『深みって……?』
『演奏中に旋律と対話してみるといい。会話すると分かることがあるから』
レイニーの言うことは詩人みたいと思ったが、この言葉はルイーズの中に残った。
(きっと、背景にあることも理解することが大切だって言いたいのよね?)
「........そういえば、私は殿下の気持ちを本当に理解しようとしたことがあったかしら?」
独り言のように言ったルイーズだが、側にいたジーナはハッとしたような顔をする。
「お嬢様、ご自分を責めるのは………」
「.........別に責めてはいないけど、私、殿下に少し不誠実だったかもしれないわ。もっと真剣に殿下の言う言葉の奥を理解しようとしていたら、こんな騒ぎにならなかったのかもしれない」
「お嬢様は、いつも殿下に真剣に向き合ってらっしゃいましたよ」
「考えていることを聞くだけではダメだったのかなと、音楽を通して思ったの。もっと殿下の背景にある気持ちを理解してあげる必要があったのかもしれないなって」
「........私には難しくて分かりません」
ジーナは、王子とルイーズの問題に安易に首を突っ込むべきではないと思ったのだろう。それ以上はなにも言わなかった。
「貴族たちが好きなように言うから、少しばかり気にしてしまったみたいだわ」
「人はあれこれ勝手なことを言って楽しむものです。気にしてはなりません」
「ええそうするわ」
(迷いが無さそうなレウルスも、心の内にはいろいろと考えて悩むことがあるのでしょうね……。いつか聞いてみたいわ)
「明日は練習があるわね。皆の士気も上がっているんじゃないかしら。今日の演奏会の評判が良かったから」
「きっと皆さん、盛り上がっているでしょうね。明日は、私もお菓子の差し入れを致しましょう」
「それはいいわね!さっそくパティシエにフィナンシェでも焼かせましょうか。あれはとっても美味しいから皆、喜ぶと思うわ」
「ええ。多めに作って、お土産に持って帰れるほど作ってもらいましょう」
「そうね」
明日の練習を考えるとウキウキしてきた。厨房にルイーズが自ら足を運び、シェフにフィナンシェを作るように頼むとシェフが驚いている。
「お嬢様が厨房にいらっしゃるのは、お小さい時以来では?」
「そうかも。私もここが懐かしいわ」
厨房に顔を出したのは無邪気に遊び回っていた歳の頃、厨房におやつをおねだりしに来た以来かもしれない。
大量のフィナンシェ作りを始めたシェフたちを見ると、普段は働いているフルンゼの皆が思い浮かんだ。
(明日は我が家の自慢であるフィナンシェを食べてもらって、少しでも喜んでもらいましょう)
明日の練習を楽しみにするルイーズであった。
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