その言葉は福音のように私を救う

満月 花

第1話


なんて、ちっぽけな私。

言いたいことも言えず、いつも逃げてばかり。

今日もまた冷たい目を向けられた。


惨めで寂しくって、消えてしまいたい。


佇むのは橋の上、夕陽が歪にカゲボウシを作る

見下ろすと深い河が静かに流れている。


ここか飛び込んだら楽になれるかな。

だって私のこと誰も必要としてないし、居なくなっても何も思わない。


橋の欄干に手を乗せて下を覗き込む。


靴の踵が地面を離れかけた。


「ねぇ、君、やめなよ。痛いよここから飛んだら」


振り向くと少年が立っていた。

恥ずかしい、こんな所を見られるなんて

少女はうずくまって手のひらで顔を隠した。

情けなくって涙が出た。

少年は側に来てしゃがみ込む。


川の流れと木々を揺らす音だけの静かな時間。


二人で橋のにもたれかかったままで。


僕も経験あるよ、辛い時逃げたくなる気持ち。

でも、死んじゃダメだよ。

みんな悲しむよ。


少女は首を振った、私なんて誰も……。

じゃあ、と少年が少女の方を向いた。


あなたがいなくなったらわたしが悲しむ

だから、がんばって。

わたしもがんばるから

そして今度は笑顔でまた会おう


その言葉が心に刻まれる“約束”となった。


少女は涙を拭き、何度もうなづく。


その言葉が大切な約束となる。


二人は互いの手を繋ぎ突き上げる

スマホで写真を撮った。

夕陽をバックに絡まる手


それをお守りのように生きていく


****


何もかも上手くいかない

社会人になっても

内気な私は思うように話す事が出来ない。

緊張すれば緊張するほど体が強ばる。

仕事でも怒られる、自己嫌悪になる日。

今日も怒られた。

暗い気持ちのまま項垂れて夜道を歩く。


「こんばんわ」

隣の住人が声かけてきた。

幸いな事に住む環境には恵まれた。

古くてボロいアパートだけど、みんな優しい。

気さくに声をかけてくれたり、物をくれたり

そういえばこの隣の人も何回か食べ物をくれたっけ。

お礼に美味しいスィーツ渡そうと思ってた。

そう思ってたのに、その人はスッと手を伸ばす。

あ、よければこれ、タッパーに入れた食べ物を渡してくれた。

あら、おかえりと下の階のおばちゃんも声をかけてくれる。

これ持っていきなさい、と数個の果物を渡された。


小さくお礼をいうと軽く手を振ってその人たちは部屋に入って行った。

……美味しい。

その味をゆっくりと噛み締める。


疲れ切った私にはそういう優しさが染みる。


習慣のSNSを開く。

毎日、二言三言日記のように思いを書いてた。


頑張った。

今日は失敗しなかった。

怒られた。

落ち込んだ。


あなたがいなくなったら、私が悲しむ。


…あの言葉が、いまも私の心の支え。



ふと、そんな言葉をSNSに残した日があった。



別に誰に見て欲しいわけではない。

でも、数名が優しい言葉を返してくれると泣きたくなるほどに嬉しい。

綺麗な画像ですね、と添えられる。


SNSの壁紙はあの日の夕陽


握りあった手は約束の印、それをゆっくりとなぞる


元気でいますか?

頑張っていますか?

生きていますか?

また会えますか?

私も頑張っています。




会いたい。

弱いと言ったけれど、でも最後にはお互い頑張ろうと励ましてあったね。



なのに、なんて弱い。

もう心が折れそうだ。

自分なんてやっぱり価値がない、誰も認めてくれない。

必要としてくれない。

消えてしまいたいーーそう思ってしまった。


心が思うままに来てしまったのは、あの日の場所。

約束を交わしたあの夕陽の綺麗なこの場所。



あの日と違うのは、大人になって背が伸びた自分。

もう簡単に乗り越えられそうな橋の欄干だった。


触れた手に冷たさを感じる。


あの時、あの子はどんな気持ちでここに佇んで居たんだろう。

一人で風に髪を揺らしながら橋の下をじっと覗いてた。

ほっとけなくて、止めた。


なのに、今は自分に負けてここにいる。


少し色褪せた橋の欄干に手を掛けてぐっと体を傾ける。


ごめん。約束を破って

本当に会いたかった。

胸を張って。


僕は貴女に、頑張ってきてよかったと言いたかった。


身体が宙に浮きそうになる。


「待って!」

強い力が体を引き寄せる。

泣きながらしがみ付く女性に驚きつつ、振り向くと


彼女はあの優しい隣人だった。


お願い、死なないで

私との約束忘れないで

また会おうって言ってくれたでしょう!


どうしてその言葉を?


あまりの展開にもう死にたくなる気持ちが吹っ飛んだ。

まだ泣いてる彼女を宥めつつ、二人で橋に並んでもたれかかった。


優しい隣人はあの時の少女だった。


あの日の約束を守って頑張って来た。

そしてどうしても貴方と繋がっていたくて、何か方法はないかと

この場所にもあなたを探して何度も来た。

駅や学校へも足を伸ばしてみた。


でも会えない。


あの時連絡先を聞けばよかったと悔やんだ。

残されたのは一緒に取り合ったあの写真だけ。

だから、一縷の望みを賭けて、思い出の夕陽の写真を画像検索した。

もしかしたら何かで使ってくれてるかもしれないと。

だから貴方のSNSにヒットした時は狂喜乱舞した。

嬉しくて嬉しくて、スマホ抱きしめて泣いた。


恥ずかしくて名乗れなかったけどずっと見ていた。

貴方を。

辛くても約束があるから頑張れると呟いてくれた言葉を。

日常の投稿からアタリをつけて貴方の住む場所を探した。

気持ち悪いでしょ、でもどうしても近くにいたかったの。

今度は私があなたを救いたかったから。


あの時の少女の面影があるようで、ないようで

でもはにかむ優しい笑顔はあの日のままで。


違い過ぎて気がつかなかった。

そういうと、彼女は少し笑った。


女の子は恋をすると変わるのよ、

少しでも素敵に見られたくて、努力したんだから。


彼女は彼の手を取る


あなたが居なくなったらわたしが悲しむ。

だから、私と一緒にいて

二人で頑張っていこう

そして二人で笑って生きていこう


彼の瞳が切なげに揺れる。

互いの手をしっかりと握りしめる。


会いたかった、すごく

いつもいつもいつか会える日を願ってた。

あの言葉が生きる支えだったから。

でも、会うなら胸を張れる自分でいたかった。


やっとあなたに、たどり着いた。


地面に映る二つのカゲボウシが、ゆっくり重なっていく。

あの日と同じ夕陽が、二人を包み込んだ。




あなたの言葉が私を救う












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その言葉は福音のように私を救う 満月 花 @aoihanastory

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