第十三夜 掛け軸に魅せられた男




最近よく、THRILLER BAR JOKERに訪れる御客様が一人いらっしゃるのです。


若い男の御客様なのですが酒を一杯飲んでは、店内に飾っている掛け軸の前に、じっと立っておられるのです。


ええ、喜多川様がお持ちになられた掛け軸。


『妖鬼姫』でございます。


あれは、恋をする者の目でございます。


きっと、妖鬼姫の妖しい美しさに魅せられてしまったのでしょう。


さて、今宵は、そんな掛け軸の女、妖鬼姫と若い男のお話です。


では、開幕...いえ、開店。




その扉を開けた瞬間、異世界へと迷い込むという。


その店の名前は、『THRILLER BAR JOKER』。




今夜も、あの男は、酒を一杯飲んだ後、掛け軸の前に立っている。


カウンターの中、汚れたグラスを洗い終えたJOKERは、フッと笑みを浮かべると、カウンターから出てきて、男の側へと近付いた。


「好きなのですか?」


「えっ...?」


JOKERの声に、男は、驚いた声を上げた。


「何時も、その掛け軸を見ておられるので、お好きなのかと......。」


その言葉に、男は、少し頬を染めた。


「ええ。美しい絵ですね。」


「美しいのは、絵ではなく、その女性なのではありませんか?」


そう言われて、男は、照れたように頭を搔く。


「実は、そうなんです。僕は、この女性に、一目惚れしたみたいです。」


「なるほど...。」


呟き、JOKERは、男に顔を近付けた。


「御客様、あなた......この女に魅せられてますね?」


「笑われても構いません。僕は、この女性と、ずっと一緒にいたい。この女性の事が好きなのです。」


妖鬼姫を見つめながら、そう言った男に、JOKERは、ニヤリと笑った。


「ならば、私があなたの願いを叶えてあげましょう。」


「本当ですか!?」


嬉しそうに言う男の両肩をグッと掴むと、JOKERは、何かブツブツと唱え出した。


そして、パチンと指を鳴らした瞬間、男は、掛け軸の中へと吸い込まれていった。


妖鬼姫の横、男は、幸せそうな顔で立っている。




次の日。


喜多川が店へとやって来て、掛け軸の前で足を止めると、首を傾げた。


「この掛け軸...こんな絵だったかな?」


不思議そうに見つめる喜多川の側へ来たJOKERは、掛け軸の中を見て、舌打ちした。


「失敗しました...。妖鬼姫が鬼女だという事を伝えるのを忘れてました。」


「えっ?」


訳が分からず、喜多川は、眉を寄せる。



掛け軸の中、首から大量の血を流している男と、その男の首を持った妖鬼姫が嬉しそうに微笑む姿があった。


JOKERは、フッと笑みを浮かべる。


「まっ、願いが叶ったので、満足されているでしょうね。」




THRILLER BAR JOKERの夜は、まだまだ続く。









ー第十三夜 掛け軸に魅せられた男 【完】ー

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