ある大学生の心霊体験

濵 嘉秋

第1話 ファミレスの話

 大学に入って一週間…金曜の夜に行われたサークルの新入生歓迎会。

 サークルの雰囲気、先輩方の人柄も大当たりで入会を心の中で確定させながら、僕は輪から外れてつまらなそうに酒を仰ぐ一人の先輩に目を向ける。


 どんな集団にも一定数こんな人がいるもんだよななんて思いながら、その人の視線の先を見てすぐに背ける。


 おいおい…もしかして見えてるのか?いや、だとしたらあんなに見ないか。


 彼の視線の先…そこには明らかに普通じゃない存在がいた。

 ぼんやりとした輪郭にその詳細が全く見えない真っ黒な容姿…いつからだか、とにかく幼い頃より見てきた『普通じゃない奴ら』がそこにいた。

 あぁいうのには関わらない方がいい。関わらないっていうのは見ないことと同義だ。


 もし見えていると向こうに悟られれば、。そこに実際は関与しないんだ。あの先輩が見えていようがいまいが、向こうが『見えている』と判断すれば終わりだ。

 あんな風に凝視していてはもう手遅れだろう。


 アレがだた付いてくるタイプであることを願おう。





「やぁキミ」


「……はぁ」


 新歓も終わり、希望者は二次会に向かった。僕はというと疲れたのでもう帰ろうと店を出ると、後ろから声をかけられる。

 そこにいたのはさっきの先輩。正直、関わりたくはないがここを適当にあしらうのを失礼だろう。


「さっきさ。スタッフルーム近くの席を見てすぐに目を逸らしただろ?」


 先輩の言うその席は、あの『普通じゃない奴』がいた場所だ。この言い方からして、この人にも見えていたんだろう。

 ならどうして凝視していたのか疑問だが、同類だとは思われたくない。なぜなら……


「で、今は俺の後ろから一生懸命に意識を外している。確定だね」


 そう。先輩のすぐ後ろ…息すら感じれそうなほど近くにソレがいる。いや、この人どうしてこんなに平気そうなんだ?

 アレを認識しておいてこの態度…他者だから辛うじて平静を保ててるだけであって、当事者なら間違いなく取り乱している。

 もしかしてもう手遅れになってるんじゃ…?どちらにせよ、関わりたくない欲が強まった。さっさと話を切り上げて立ち去ろう。


「な、何のことでしょう?言ってることの意味が…」


「因みにコイツ、もうキミのことロックオンしてるっぽいから」


「えぇ…」


 嘘かホントか。

 せめてあの『普通じゃない奴』の目でも見えればよかったんだけど…今回のは全体的にモヤってるタイプのヤツだから叶わない。


「まぁコイツのことは気にしないで…面白い場所に連れて行ってあげようか?」


 断ればいいのに…その時の僕は何故か、その誘いに乗ってしまった。





 連れてこられたのは駅から少し離れたところにあるファミレスだった。全国展開されている有名店で、値段設定は少しお高めな店だ。


「ていうか、さっきまで居酒屋にいたのに…今度はファミレスって」


 なんて言葉は、この先輩には通用しないらしい。

 メニュー表をコチラに向けて、自分はスマホと睨めっこを始めてしまった。

 

 まぁいいや。あぁは言ったが、実はさっきの居酒屋ではそれほど腹に入れてない。正直、ハンバーグ一つくらいは余裕で入るくらいだ。

 奢ってくれるという言質は取っているのでとりあえず定番どころを注文する。


「あの、大丈夫なんですか?体調とか」


 正直、憑りつかれた人間の末路なんて知らない。だけどこういうのはまず体調面の不調から入るのが鉄板…な気がする。


「うん?あぁ至って健康だよ。それよりもアレ見てよ」


 そう言って指さしたのは通路を挟んだ隣の卓。そこには誰も座っていないのが正解なんだろうが、生憎と僕には例のモヤモヤが見えている。


「やっぱり付いてきちゃったってことじゃ…」


「そうとも言えるけど…もっと適切な言葉を教えてやろう」


「適切?」


 気になったその言葉をオウム返しした僕を、先輩がニヤニヤした顔で見てくる。


「帰ってきた」


「は?」


 意味が分からなかった。

 「帰ってきた」という言葉の意味は分かる。だがそれがどうしてこの状況に繋がってくるのかが分からない。


「キミは確か、この春からこっちに来たんだったね」


「は、はい…」


「なら後でこの店舗を検索してみるといい。スペース心霊ってね」


 それだけの情報で、ここがそういう場所だというのは理解できる。

 そして同時に先輩の言いたいことも分かってきた。


「もしかして…アレって」


「そう。元からここにいたヤツだよ」


「なんであの居酒屋に」


「最初から分かってただろ?」


 まさか、いや、だとすればそれこそ理解できない。

 だってそれは…


「連れて行ったんですか」


「正解」


 もうヤダこの人。

 ちなみに、新歓の前にここに立ち寄って連れてきたらしい。


「一晩一緒は流石にヤバいからね」とは先輩の談だ。もうこの時点で幽霊よりもこの人のほうが怖かった。


「肩でも触れば付いてくるんだ。で、もう一度ここに戻ると終了…やっぱり落ち着くのかね」


「落ち着くって…」


「俺が生まれる前からこの店にいるんだよ。正確に何時からいるのかは誰にも分からない…もしかしたら店の歴史より古いかも」


「ちなみに、ロックオンされてるってのは」


「嘘だよ?あの感じで狙われてるって思ったのか」


「あの感じって言われても」


 もう一度、横目で見てみるが…相変わらず全身真っ黒なモヤモヤだ。あそこからどう情報を抜き取れって言うんだ。


「あぁなるほど……そういうこと。っおっと、早く食べて出よう」


「え?」


 数分前に運ばれてきていた料理をハイペースで口に運んでいく先輩を見て、何事かと辺りを観察する。が、それは他ならぬ先輩に制止された。


「もっとヤバいのが来る。早く出ないとトラウマができるよ」


「早くって…間に合わないでしょ」


「それくらいの余裕はある。さぁ急げ」


 先輩はそれだけ言うと食事に戻ってしまった。仕方なく僕も約十分で料理を平らげ、一足先に食べ終わっていた先輩と共にレジへと向かう。


 その道中だった。


「ッ⁉」


「下向いてろ」


 言いようのない悪寒に襲われ、言われるがまま床と見つめ合う。

 その時にすれ違った足は何も履いていなかった。


「うぅん…もうここには来れないなぁ」


「え?」


「さっきのに目を付けられた。キミも避けた方がいいよ」


 なんだかとんでもないことを言われた気がするが、僕にはそれ以上追及できなかった。

 背中に感じる視線から一刻も早く逃れたかったからだ。


「そういえば、改めて自己紹介だ。俺は阿坂。よろしくな後輩」


 阿坂先輩。

 僕の大学生活は彼なしでは語れないものになる。僕なんか足下にも及ばないほどの霊感の持ち主であることも後に判明する。


 そして大学を卒業して数年経った今…あのファミレスでの出来事を思い出して思うことがある。


 あの阿坂先輩が有無を言わさず逃亡を選択するなんて…あの時すれ違った裸足の存在はどれほどヤバかったんだろう。

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