18話 「登城と謁見」
二人の口喧嘩は王城に着く頃には既に収まっていて、逆に緊張感が場に流れているのが窺える。二人のいた元の世界の日本には皇居は存在するものの、何か用があっても入れる場所ではないし、一部が一般公開されているせいかこんなにも緊張感を放つ場所でも無い。緊張するのも無理は無いというものだ。
「王国騎士団特務隊隊長、エクエス・フォン・シュヴァルツ・ド・ベーメンブルクだ。国王陛下への謁見を願いたい」
王城に着いた途端に城の門番に向けてエクエスが告げると、エクエスが何か身分証のようなものを見せてすんなりと王城の中に入ることが出来た。何かを話している途中で誠達三人の方を見ていたりしたので、おそらく門番に三人の説明をしていたのだろう。
「王城に入ることは許されたけど、身分証の無い三人は俺から絶対に離れないでくれ。侵入者と思われる可能性があるんだ」
エクエスが真剣な表情、声色で言うと、エクエスの必死さが伝わったのか三人は反論もせず素直に頷いた。アイリはこの国の処罰が厳しいことを知っているのでそれに恐怖して何度も頷いていたが、誠と愛莉は知らない緊張感のある場所で迷子になりたくないがためだった。
理由はどうあれ三人がエクエスから離れて行動することはなさそうなので、エクエスも安心して王城内を歩いて行く。時折ちゃんと着いて来ているか後方を確認しつつ歩いているが、如何にも怪しい雰囲気が隠せていないように思えてくる。というのも、今三人はフードで顔を隠せるように大きめのローブを身につけているからだった。素性を明かしてしまってもいいのだが、王城内で万が一ベーメンブルク伯爵に遭遇しても面倒くさいし、誠に至っては元の世界で着ていた服――制服のままなのでこの国の服装とは少し違った服に興味を持たれても困るためだった。
「エクエス。ノックはしなくていいから入って来ていいぞ」
王城内で一際大きな扉の前に差し掛かり、エクエスがノックをしようと右手を顔の位置まで挙げた瞬間、扉の向こう側から男性の声が聞こえてきた。
エクエスはその声に従うようにノックはせずに、腰に下げていた剣を鞘ごと取ると、扉の前に翳した。すると、エクエスは少しも扉に触ってなどいないのに勝手に扉が開き始めた。扉が開いたことを確認すると、エクエスは再び腰に剣を戻した。
「あまり王城に来たがらないお前が珍しいな、エクエス」
「王城は父と遭遇する可能性がありますからね。今日は陛下に報告したいことがありまして参上致しました」
「ふむ。して内容は?」
いくら王国所属騎士団の隊長とはいえその言葉遣いは大丈夫なのかとはらはらしながら疑問に思う三人を尻目に、エクエスは国王との会話を進めていく。国王もそんなエクエスの態度にはなにも言うことは無く、むしろちょっと楽しそうにも見える。
「パラレルワールドの方々をお連れしましたよ」
「……エクエス」
「はい」
「私だってもう子どもじゃないんだ。パラレルワールドがお伽噺だと言うことくらい理解している」
「いえ、本当にパラレルワールドの方々なんですって」
エクエスにからかわれいるのだと思っているらしく、国王はエクエスにもう子どもではないと言うが、事実エクエスはパラレルワールドから来た誠と愛莉に会っているので、エクエスが言っているのは本当のことである。なのだが、一向に国王が信じないようなので、三人は一斉に被っているフードを取り、その素顔を露わにした。誠は自らローブを脱いで服装まで見せることで信じてもらおうということらしい。
「はじめまして、国王陛下。違う世界から来た神代誠と言います。こっちは琴宮愛莉。そして俺達をこの世界に連れてきたのが彼女――アイリ・ソニード嬢です」
誠がローブを脱いだ直後に挨拶をする。基本的に王族と会話をする場合自分から話してはいけないなど細かなルールが存在するが、違う世界から来たので国王も罰することはないだろう。愛莉達を紹介する際にアイリをパラレルワールドから連れてきた人物であるということで、国王はある程度アイリに対して興味を持つだろう。
「確かにその服装……。我が国でも他国でも見た事がないな……。だが名前は東部の国に似ているな。本当にパラレルワールドの異なる世界から来たのか?」
「はい。俺達がいたのは地球の日本という国ですね」
「……エクエス」
「はい」
「本当に聞いたことが無い地名を言ったぞ。この者達は本当にこの世界の人間じゃないのだな!」
「だから最初からそう申し上げてるでしょう」
国王と話す誠には、寸分の緊張も感じられないのだが、実際の誠は内心緊張でいっぱいだった。日本で上流階級にいるとはいえ、国王と話す機会など日本では決してありえないことだ。それが現実に起こってしまって、軽いパニックになってしまっているのだが、それを表に出さないのはさすがだと言える。
誠が平静を保っているように見せて会話を続けられているのは、国王相手とは思えない態度をしながら話しているエクエスの存在も大きかった。というのも、エクエスは伯爵家の生まれであるが、現国王とは幼い頃から兄弟同然に育った幼馴染みなのだ。それを知っているから、公の場でもない限りエクエスと国王の軽口を叩き合うような会話が許されている。
「話はあとでじっくり聞くとして……、何がいいんだ?」
「……なんのことですか?」
「お前は昔から嘘が下手だなあ。その二人を召喚したその娘に何か褒美をやれということだろう?」
「あれ、気付かれてました?」
まどろっこしいことが嫌いらしい国王は、エクエスに意地が悪い笑みを浮かべながら全て察したように問いかける。エクエスの、というか全員の狙いは既にバレていたようで、エクエスは問いかけられたその言葉に苦笑するしかなかった。
「彼女――アイリ・ソニード嬢に爵位を授与していただきたいのです」
「ほう。なぜ?」
「彼女が爵位を賜るだけの功績をあげているからです」
エクエスが真剣に、だけれど笑みを浮かべて自信満々に言えば、国王は面白そうな物を見るような目でエクエスを見たあと、その視線をアイリに移した。それはまるで値踏みされているような感覚で、アイリにとってはあまり心地のいいものではなかった。
「この者たちをパラレルワールドから召喚しただけでは爵位を授与する訳にはいかんな」
「ご心配なく、陛下。彼女は過去幾度となく功績をあげています。それが誤った報告により手柄が変わってしまっているだけです」
「……なに?」
エクエスの声に
国王の表情が動いた。眉間に皺を寄せ、信じられないことを聞いたとばかりに顔を歪ませた。エクエスも国王のその様子に気づいていただろうが、気にすることなく話を続けていく。
その間爵位を授与されるべき当事者であるアイリは、エクエスの発言に終始ハラハラしていた。
「例えば、魔導武器である特殊剣の仕組みの考案に発明まで、全てが彼女の功績です。さらに魔法学校への資料提供、簡易転移魔法陣の開発も彼女の功績です」
「……え?」
エクエスがアイリの功績を挙げていくと、国王は既によっている眉間の皺をさらに深くさせた。自身の話なのに何故か疑問の声をあげたアイリの反応に違和感を覚えたのもそうだが、なによりその功績を報告してきた者を国王が覚えているが為だった。
「……エクエス、それはわかってて言っているのか? その功績はお前の父の、ベーテンブルク伯爵のものではないか」
「もちろんですよ、陛下。俺はあの人を許したくはないんです。そして、彼女は正当な評価を受けるべき人なんですよ」
「なぜ……。あぁ……ソニード嬢はエクエスのパートナーだったか。なるほどな」
自身の父を貶めようとするエクエスに、国王は心からの疑問を問いかける。それに対してエクエスはなんの躊躇いもなく言ってのけた。国王はアイリを見て思い出したように呟くが、その呟きにエクエスは不満気な顔をしてみせた。
「勘違いしないでください、陛下。彼女がパートナーだから助けてあげたいんじゃない。彼女の才能を無下にするのも、このまま父に利用され不当に扱われるのも、我慢ならなかっただけです」
「……そうか。この分だとベーテンブルク伯爵の功績のほとんどがソニード嬢の功績だと考えた方が早いのか? だとするとソニード嬢に男爵だけ与えるのも足りない気がしてくるな」
国王とエクエスの話にアイリは恥ずかしさから顔を真っ赤にし、国王の言葉にはあまりのスケールの大きさに顔を真っ青にしてみせた。
「ま、ま、待ってください。私そんな分不相応なものいただけません……!」
「何を言ってるんだ。相応なものと考えると爵位では足りないと言っているんだ。せっかくだから欲しいものを申せ」
否定し続けるアイリに、国王は若干キレながらアイリに言う。国王がキレているのはベーメンブルク伯爵含め不正を見抜けなかった自分に対してなのだが、アイリにはそれが全く伝わっていないので、逆にめちゃくちゃ怖がられている。怖がられているとわかっていても褒美を取らせようとする姿勢はさすが一国の王といったところだが、あまりの事態にテンパっている相手に欲しいものをと言っても決められるはずもない。
「アイリ嬢、落ち着いて。今一番アイリ嬢がしたいことはなんだ?」
「私が、したいこと……。魔法の研究がしたい。古代魔法や希少魔法とか。あと、魔術も」
「だ、そうですよ。陛下」
エクエスがアイリに望むものを落ち着かせて言わせれば、それはまさしくアイリの本心から出た願望だった。アイリの家で誠と愛莉にお茶を振る舞った時の様子を見ればわかるが、アイリは魔法が好きなのだ。それは使うことのみならず、他者の魔法を見ることやまだ知らない魔法を研究したり作り出すものも含まれる。
そして国王が褒美として与えられるものは物だけではなく、地位さえも思いのままである。
「ふむ……。変わった娘だな。それなら宮廷魔導師の座をくれてやろう。ちょうど先代が引退してから他の魔導師がぱっとしなくて席が空いてたんだが、ソニード嬢なら申し分無いな」
「わ、私が宮廷魔導師、ですか!?」
「へえ、いいわね。王様見る目あると思うわ」
「わかる。王様いい人だ」
アイリの意見を聞く前に周りの人間が肯定の意を示しているため、アイリとしても恐れ多いなどと断ることも出来るはずがない。むしろここで断ると不敬罪で無駄に捕まる可能性がある。
「で、では頂戴いたします……」
「うむ。貴殿には爵位男爵の地位を授け、宮廷魔導師の任を命ずる。宮廷魔導師なら専用の部屋があるからそこでいくらでも研究していて構わない。ただ一つ、公の催事や王族からの要請に応えてほしい。いいだろうか?」
「も、もちろんです、陛下」
正式に男爵の爵位をもらい、おまけで宮廷魔導師になったアイリを目に、国王の目の前だというのにも関わらず、エクエス、誠、愛莉の三人は授与されているアイリの後ろで盛大に歓喜のハイタッチをしていたのだった。
アイリの爵位授与も終わり、国王に気軽にこの後飯でも食っていかないかと聞かれた誠たちだったが、パラレルワールド、つまりは日本のことを根掘り葉掘り聞かれそうなので丁重にお断りし、今は四人でアイリの家にてとある訪問客を待っている所だった。
「……来るかしら? 今更だけど」
「確実に来る。俺の隊の一番口の軽くて友だちの多い部下に広めてもらうようにしたから、王城にはソニード男爵の話で持ちきりになるだろうし。なにより、陛下から不正について招集が掛かっているはずだから。終わったら飛んでくるんじゃないか?」
不安げな愛莉に、エクエスが自信たっぷりに答える。たしかにソニード男爵の噂が広まって、尚且つ不正に関して国王に呼び出されれば、少しでもプライドの高い人なら原因に文句の一つでも言ってくるとは思うが、愛莉としてはそんなに簡単にいくわけないと踏んでいたのだ。
しかし、家の中にいても聞こえてきたのは馬車の音だった。馬車は結構なスピードを出していたのか、止まる際に土をえぐり出し、車輪のあとがくっきりと後をつけてしまっている。家の窓でその様子を見ていた愛莉たちは、アイリ以外が明らかに怒りを露わにした状態で窓の外を見つめていた。
「……ほらな。あれが父上、グランツ・フォン・リーベ・ド・ベーメンブルク伯爵だ」
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