16話 「タイムリミット」
「さて、良い雰囲気の所非常に申し訳ないのだけれどね? ちょっといいかしら」
長年の蟠りを解決出来た二人からは、先ほどまでのようなギスギスとした気まずい雰囲気は微塵も感じず、むしろこのままでいさせてあげたいというのが愛莉と誠の正直な気持ちであるのだが、現実的にそうはいかない事情がある。というのも、今のままだとおそらく同じことの繰り返しになってしまう可能性があるからだった。取り戻したアイリとエクエスの絆の繋がりを確固たるものにするためには、やはり元凶たるベーメンブルク伯爵をどうにかするしかないだろう。
「私たちとしては、このまま元の世界に帰るなんて不完全燃焼が過ぎるの。だから伯爵をどうにかしたいと思うのだけど、協力してくれるかしら」
腕を組み、二人を交互に見て笑みを浮かべながら自信ありげに愛莉が言う。二人が協力しないはずがないという愛莉の根拠のない自信に乗っかる誠は、自信ありげに笑う愛莉に思わず苦笑いをするが、それでも止める気配はまるでない。おそらく誠は万が一アイリとエクエスが協力しないと言っても愛莉のために味方するのだろう。
「もちろんだ。むしろこっちがお願いする立場なのに、いいのか?」
「あら、愚問だわ。だって、その子と私は、同じ魂の持ち主だもの。逆に助けない理由が見当たらないわ」
エクエスと愛莉が話を進めていく中、一人、アイリだけが何か考えるようにして黙りこくっていた。それに気付いた誠は、アイリの肩に軽く手を置き、驚かせないように大声は出さずに話しかけた。
「ソニードさん、どうかした? 難しい顔して……」
「いえ、ただちょっと気になることがあるんですけど……思い出せなくて」
アイリが眉間に皺を寄せたまま難しい顔をして考え事に耽っている間、愛莉とエクエスは出会った時の話を誠に説明しているようだ。
「へえ。でも良かったね。エクエスは探し人、というかソニードさんに無事会えて」
「ああ、苦労して探していたから、三日目に琴宮嬢に会えるとは正に幸運だったな」
「感謝してもいいのよ?」
「……それだ!」
三人はなんの変哲もない雑談をしていたはずだったのだが、三人の会話を聞いていたアイリが急に何かに気付いて勢いよくテーブルから立ち上がった。三人はアイリの突然の大声と行動に驚き、同時にアイリを見たが、現在アイリの視線は愛莉のみに向かれている。
「大変だ……。もう琴宮さんにはあまり時間がないです。私たちのことは放っておいて大丈夫なので、早めに二人を元の世界に返す魔術を始めましょう。このままじゃ……!」
アイリは隣に座る愛莉の手を両手で包むようにして握り締め、アイリの目を見て真剣な表情で告げる。何が起きてるのか状況を理解出来ていない愛莉は、首を傾げながらもアイリの勢いに流されることはせず、自分の意志を貫く。
「いいえ。私は貴女たちを助けるまで帰らないわ」
あまりにも頑固だといえる愛莉のその言葉に、アイリは思わず愛莉の纏っている自身の服を思い切り掴み、自分の元に引き寄せる。まるでカツアゲでもしているような構図になってしまったが、すべての事情を知ってしまっているアイリとしては、今はそんなことを気にしている場合ではないのだ。
「お願いです、帰って下さい……! このままこの世界に留まり続ければ、貴女は一生元の世界に戻れなくなるんですよ!? そればかりか、おそらく一定の世界に留まることすら出来なくなるかもしれないんです! それでも良いんですか!?」
「落ち着いて、アイリ嬢。まずはその結論に至った説明を聞かせてくれないか」
先ほど喚いていた姿とも違う、大人しいアイリからは想像もつかない荒々しい姿に、愛莉と誠は驚いてただ目を見開いていた。その二人を見たエクエスは、アイリを止めなければと愛莉に掴みかかっている手の上に自身の手を起き、愛莉の服を話すように促した。すると、アイリはエクエスの方を見た後、気まずそうな顔をしながら愛莉に掴みかかっていた手を離し、そのまま脱力して椅子に座り直した。
「……私が行った黒魔術は、違う世界の自分と存在を入れ替えるもので、いくつかあるパラレルワールドで、どこでもいいから違う世界の自分になりたかったんです。それで私の黒魔術に引っかかってしまったのが、お二人がいる世界でした。……引っかかってしまった理由はなんとなくわかってはいますけど」
腿の上で拳を強く握りつつ、アイリが話し始めた。それには罪悪感が篭っているのが聞いただけでもよく分かる。アイリは顔を上げ誠を横目でチラリと見ると、一旦言葉が止まった。だが、数秒経つと何もなかったかのように再び話し始めた。
「違う世界に行くのにわざわざ存在を入れ替えたのは、同じ世界に同じ魂が存在してはいけないからです。この世界の〝あいり〟は元は私です。そしてその私が戻ってきてしまった時点で私の行った入れ替える魔術は中途半端に途切れていて、この世界の〝あいり〟が琴宮さんから再び私になっているんです。つまり、長くて後一日で、この世界は琴宮さんを拒んでしまうでしょう。世界に拒まれた存在は、もう元いた世界には戻れません。この世界に居続けるしかないか、或いは、無数のパラレルワールドを移動し続けなければならなくなる可能性も、あります」
その真実を告げたアイリの声は、後半になるにつれて段々と小さく、震えていった。それもそのはず。愛莉が今こんな状況になっているのは、元を辿ればアイリが原因だ。アイリは今、その罪悪感で押し潰されそうになっていて、目の前に座っている愛莉のことを見ることが出来なかった。
「ねえ、顔を上げて」
不安も、怒りもない愛莉のその声に、アイリは瞳一杯に涙を溜めたまま愛莉の言われるがまま顔をあげた。顔を上げたアイリの目には、一切アイリを責める気のない愛莉が映っていた。
「貴女のせいじゃない。悪いのは伯爵でしょう? だから、貴女にそんな顔をさせる伯爵を私は許したくないの。それに例え帰れなくなっても、私なら大丈夫。だって、私はひとりじゃないから」
「……家族にも、友だちにも会えなくなってしまうんですよ。そんなの、大丈夫なわけ、ないじゃないですか……!」
アイリを諭すように声をかける愛莉に、アイリは抑えていた涙をぽろぽろと零しながら愛莉の手を取って言う。先ほどよりは落ち着いて話してはいるが、それでも罪悪感から来る感情を制御出来るはずもなく、アイリは愛莉の手を取ってそのまま泣き崩れてしまった。
「確かに友だちは、会えなくなるのは寂しいわね。でもね、大丈夫」
「……?」
「私は、絶対に帰るわ」
根拠などどこにもない愛莉のその自信満々な言葉に、ぽろぽろとアイリの頬を伝っていた涙はいつのまにか止まっていて、思わずアイリは笑みを浮かべるのだった。
「なんですか、それ……」
「それに、幸い今はまだ朝だし、期限までほぼ二日ある状態でしょう? それだけあれば伯爵を懲らしめて元の世界に帰るくらい、どうってことないわ。ね。協力してくれるでしょう?」
「…………知りませんからね。帰れなくなっても」
アイリと愛莉が手を取って笑い合う姿を見ていた誠とエクエスも、そんな二人を見て互いに顔を合わせて笑みを浮かべたのだった。
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